発声指導と歌唱指導

有名アイドル等の歌唱ケア(と敢えて呼ぶことにする)を

数多く担当されている先生の現場の様子を最近とある番組で拝見した。

 

世間にはボイトレの先生として認知されておられるからか

一部のファンなど一般の方には不評もあるようだが、

それは発声指導ではなく歌唱指導の重要性と必要性を知らないからだと思う。

 

先生がやられているのは(少なくともOAされたシーンだけを見る限り)

ジャンルやアーティストタイプとは無関係に必要な【基礎発声】ではなく、

指導対象(アイドル)としての脚色の部分とそのための即席ウォーミングアップだった。

 

実際、私が誰かを指導する時もメソッドの違いはあれど、基本的に同じ。

だからすごく同感するし、自身の手法に対する確信にもなった。

 

声楽家さんでなく、エンタテインメントを目的とする歌唱者には基本、

発声の基礎はもちろん必要だけど、最低限あれば十分だと思っている。

それよりむしろ歌唱者の色や持ち味を最大限引き出せるコツを

自ら体現できるよう導くことのほうが明らかに重要。

一般の人たちがそれを分からないのも仕方ない。

 

アーティストさんだとそれを元から自分で出来ちゃう人もいるけど、

たいていはそのケアをしてくれる専門家や指導者がいてやっと辿りつけるもの。

 

だから単なるボイトレの先生と歌唱指導の先生とは区別するのが正しいのだと思う。

中には両方できる方もいるんだろうけど、私が知る限りかなり稀かな。

私自身は両方できる人を一人も知らない。

 

ついでに言えば、

いずれのアプローチも基本的にはテクニック論であって、

真の意味での表現力とも異なる(と私は思っている)。

それはマインドであって形も正解もない分、掴みどころがないし、

自分自身の進歩や成長も実感しづらい。

 

だから初心者ほど、ついその辺が実感しやすいボイトレってやつに傾きがち。

でもそれは直接的な表現力向上につながる手段ではない。

 

但し、基礎力をより高く上げていくことが、結果として表現を押し上げる場合はある。

楽器の演奏者であればまた話は違ってくる部分もあるかなとも思う。

 

歌唱については上手い人だけが伝わる歌を歌えるか?と言えば

必ずしも当てはまらないということと、

上手さを楯にする場合、もはや殿上人レベルでもない限り今の時代、

はなから勝負にもならないということ。

 

表舞台に立つ人になりたい若い歌唱者にとって

果たしてこんなことを知る意味や必要がどれだけあるのか。

もちろん予め知っておけるならそれに越したことはない。

でも彼らにとっての本意はそこじゃないわけで、年々若くなくなるわけで、

自力で積み崩しを繰り返せば下手すりゃ10年も20年もかかる

長い道のりを腑に落ちて理解する必要など、私はまるでないと思っている。

 

ましてや本格的な歌手になりたいと思って

足を踏み入れる子など圧倒的に少ないアイドルならなおさら、

基礎力を高くするために時間を費やす無駄なボイトレなど意味がない。

それが私が最低限でいいと言っている理由。

 

アイドルでなければ多少基礎力の目標レベルは高めに設定するけど。

でも本人のポテンシャルもあるし、やっぱり可能な範囲での必要最低限でいいと思う。

 

私なんて、存在そのものが世間に知られてないから余計だけれど、

目に見える実績を積んで来た先生たちでさえ、なかなか理解されづらい仕事。

 

でもそれは誰より自身が歌い手として失敗したり、

堂々巡りしたりしてきたからこそ、できることなんだと思う。