「夢にこだわるな」

音楽の道を志す人の大半は20代後半以降の人生で苦悩や葛藤を抱えると思っている。

 

苦悩の程度はその人の思考的体質にもよって異なるけれど、何かと生きていくことに苦労する傾向が高い。

 

私には昔、何社かとメジャーデビューの契約話が進み始めていた頃、事務所の社長の指示で実はバンド活動をしていた時代がある。

 

当時のメンバーたちがどういう説明や経緯でそのバンドに参加することになったかは分からないが、色々な事の流れの中で一部のメンバーが去ってゆき、バンドは事務所の崩落劇に追随するかのように自然消滅した。

 

当時メンバーだった彼らともう再会することもないだろうと勝手に思って過ごしてきたけれど、人生というのは不思議なもので、ひょんなことをきっかけにそのまさかが起こった。

 

そんなこんなで先日は一部メンバーとの奇跡の同窓会。

 

一人は完全に演奏からは足を洗ってとある専門者で立派に仕事し、一人は同じくある専門分野で世間的には一流企業といわれる会社でしっかり活躍しながら、趣味で音楽をまたやり始めたところだという。

 

みな一様に苦労の道をたどり、暗中模索し、人の縁に導かれ助けられ、回り道をくり返しながら今日にたどり着いている。

 

私はというと、10年ほど前に事実上の無期限活動停止宣言をしてからというもの、正直、無理に音楽にすがりたいという気持ちはなかった。

 

企業ディレクターとして一般職の仕事に没頭していた時代もある。

 

いちおうは音楽を本業としている今でさえ、

 

「この道を志したばっかりに・・・」

 

という過去の苦悩から感じてきた思いが消え去ることはない。

 

私がそうであったように、彼らもあれから長いこと自身の進むべき道に悪戦苦闘しながらも、諦めずにそれを探し続けてやっと今があることを知った。

 

今現在、過去の私たちと同じように苦しんでいる人もいるだろうし、今まさに夢を追いかけてのちにそうなっていく人もいる。

 

その数全体の99%と言っても過言ではないだろう。

 

もし仮にメジャーデビューしたとしてもけっしてその先の人生が順調なわけでもなく、苦労人の道を生きていく者のほうが多い。

 

私が今になって思うのは、「夢にこだわるな」ということ。

 

音楽にのめり込むことで、私も含め多くのミュージシャンが失ってきたのは「社会的時間」とでも言えばいいだろうか。

 

それを失ったままこの国で生きていくことは人が思う以上に相当困難で、この自己矛盾に堪え切れなくなり自ら命を絶つ者も中には、いる。

 

でも、本当にそんなことしなければならないほどの話だったのか?

 

あらかじめ色んな人の事例を知っていれば、あらかじめ色んな人の経験談を何となくでも耳にする機会があれば、そしてどんなふうにその人たちが乗り越えていったか、そうなる前にどうしておけばよかったと思っているか、

 

そういうことを知るチャンスを得る場が、音楽や歌を志す若者に対して少な過ぎるのではないかと前々から思ってきた。

 

私のかつての同志たちのモデルケース同様、音楽家という道には敗れても、のちに活躍できる別の道を見つけた人はきっと他にもたくさんいる。

 

私自身の音楽屋としてのキャリアはまったく参考にならないとしても、馬車馬のように仕事して一般職と音楽活動を両立してきたこの経験については、まだこれからの若き表現者やクリエイターたちの参考になる要素が大いにあると思っている。

 

ただ歌を教えるだけの上っ面なボイトレや歌唱指導なんてたいして興味はない。

 

それなら私よりも上手で優秀な指導者など、世界にはたくさんいる。

 

もし今も私が音楽の道で生きていることの価値、意味を見出せるとしたら、”誰かのためになる何か”を提供することでしかないと、この数年ずっと思ってきた。

 

いっぽうでこの国の増え続ける自殺者数にも心痛めてきた。

 

どうしてそうならなければならなかったのか。

 

本当にそうならなければならなかったのか。

答えは、NOだと思っている。

 

それを知るきっかけを渡せる場所や機会を作ることなら、今の私にもできる気がしている。

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コメント: 2
  • #1

    たかぞう (火曜日, 12 6月 2018 10:51)

    おはようございます。

    つまり、学生でいう「スポーツ推薦だけで成り上がってきてここまで来た」みたいなことは、ある意味勿体ないってことですよね…。

    あと、私が応援していたシンガーさんで、別ジャンルで自社ブランドを立ち上げた方は、何人かいらっしゃいますね。

    まさに、音楽活動が就活に繋がれば「報われた」って思えますよね。

    なんとか夢破れて薬等に手を出して崩壊する人を一人でも減らせれば嬉しいのですが…。

  • #2

    iidasatomi (水曜日, 13 6月 2018 12:12)

    >たかぞう さん

    コメントありがとうございます。

    アスリートもなかなか社会的な難儀が多いジャンルだと思いますね。
    ただプロでも企業に所属して従事するという枠があるだけまだ、音楽や役者よりはマシかもしれません。それで事なく生きていける人のほうが少ないとは思いますが。

    私自身は音楽の道を志す若者を応援したいと思いますが、みんな社会経験とともに自分の適性が分かってくる前に取り組むことが大半なので、幼稚な「理想の形」に拘り過ぎる気がするんですね。
    私自身も実際そうだったと思います。

    たとえば生活費を稼ぐアルバイトや何らかの仕事一つとっても、音楽を優先して職種や環境を選んでしまう。これはミュージシャンや役者の卵あるあるですね。

    そうしないと「時間のコントロールができない」とあらかじめ勝手に決めつけてしまってるわけです。でも現実にはそうじゃないんですよね。
    かつ、そういう仕事に限って時間給は安かったりして、ますます経済的に追いつめられ悪循環に拍車がかかる。ただし、何を選択するにしても人より余分にやることなので楽チンてことはないですが。

    当然のことながら追いかけてるその夢は今日・明日すぐ魔法みたいに実現するわけでもなく、その入口にたどり着けるかどうかも分からない中、生活自体は容赦なく押し寄せて来るわけですよね。

    もちろん色んな考え方がありますが、今のところ私が直接関わった若手ミュージシャンたちにはそういった視点からのアドバイスなども過去何度かしていて、その助言に基づいた選択をした結果、一様にとても役立っているようです。

    音楽を志したばっかりに人生も敗北したような気持ちで生きていく人が量産される業界。
    実際にはそんな話ではないのだけど、二度と取り戻せないものを抱えていくことになるのも事実。
    そういう経験をしてきた先輩たちの声を届けることができたら、少しは進むべき道の選択の参考になるのではないかと思っています。

    少なくとも、そういった経験談や助言をいったん受け容れた上で判断・選択しても遅くないし、仮にその結果思うようにいかなくても自分の判断の結果として納得することができるように思います。