商業作詞

自覚する限り、それなりに言語フェチ。専攻は英文学だったけど個人的には言語学にとても興味があって、英語学の講義がいつも楽しみだった。

 

そんな私が商業作詞に椅子を見出すなんて自分でも意外だけど、広告のキャッチコピーみたいなもんと捉えれば腑に落ちることはけっこうある。

 

大ヒット作を手掛けている作詞家が大手広告代理店出身者(ディレクター)だったりするのを見るとその信憑性の片鱗が見えるのではないかと思う。

 

仕事となると、自分に出玉とか引き出しがなくても時にはやってみなきゃいけないものがあったりするのだが、その最たるものはおそらくRAPというやつだろう。

 

あまりディープな世界は知らないし、別に知りたくもないけど、一方でこのRAPというやつはその時代の”言語感”みたいなものを最も象徴する分野かもしれないと個人的に思っていて、

 

90年代の最初のブーム期から時系列に並べて比較・分析していくとかなり変化していることがよく解る。

 

当然その時代時代の社会背景というのも如実に反映されるし、一応音楽ジャンルの一つではあるがどの音楽ジャンルよりも、いわゆる【しゃべり言葉】に近い。

 

ちょっとした音の連結パターンや、ピッチ・リズム、間など、似て非なる特徴が時代とともに変化していて興味深い。

 

好きでも何でもないが興味対象として面白いと感じれば分析したくなる質なもので、仕事が絡まなければ関心持つこともなかったとは思うけれど、それっぽい機会があるたびに最新のRAPをリサーチしてはこっそり分析を楽しんでいる。

 

実際それをアウトプットする時には当然またカスタマイズが必要なのだけど、それに大きな役割を果たすのがおそらく広告コピー的な感覚なのかなと思う。

 

商品・ターゲット層・媒体・季節、etc・・・誰に何をどうやって訴求したいか?

 

広告ならそこまででもある程度網羅できるかもしれないけど、こっちは曲が下地に入って来るのでメロ感をいかに捉えられるか、そのセンスも重要になる。

 

作曲が自分であっても他人であっても、このメロ感(と、この場では呼ぶことにする)をキャッチする感性は商業に限らずおそらく作詞という作業にとってかなり明暗を分ける要素だと思っている。

 

とくにRAPは言語感を象徴しやすい分、自分のデータベースが古いと途端に「古臭い」印象に陥る。

 

若者言葉に迎合するつもりもないし、そんな必要もないと思うけど、このジャンルを仕事で取り組もうとすると実はすごく生モノ的で青み魚のような足の早さが難点だったりもする。

 

なので当然リリースして10年も経てばきっと、当時は最新と思って仕込んだ脳内データをもとに書いた作品も間違いなく古いRAPになってしまってるんだろうってのは、容易に察しがつく話(笑)