表現力の定義

業界に入って、ずっと私が頭を悩まされ続けたテーマ「表現力」。

 

その定義はあまりにもふんわりしていて、30年以上歌って来た今でも正直これといった明確な回答は持ち合わせていない。

 

私が表現力という大きな壁にぶつかったのは、20歳のころ。

 

高校3年生の時にチャレンジしたコンテストでボーカル賞をもらったのをきっかけに、19歳で東京の事務所に所属することになった。

 

※1年のタイムラグは大学受験の勉強をちゃんとやり切れなかったせいで一年浪人生活を送ることになり、翌年、芸能活動を始めるため上京することを考慮し、母校・神奈川大学の英文科を受験したため。自業自得(笑)

 

当時は先輩にシンガーソングライターの山崎ハコさんや女優の裕木奈江さん、以下新人や売り出し中のタレント・女優さんたちが何人か所属していた。

 

ようやく20歳を迎えたばかりという年齢の私には、事務所の社長やマネジャー、ハコさんからの自分の歌への指摘の意味がさっぱり理解できず、ずいぶん悩み苦しんだものだった。

 

今ふりかえっても、なかなか手厳しい指摘を毎度毎度受けていたなと思う。

 

それまでの私には「歌がうまい」という言葉が最上の褒め言葉だったのに、「歌がうまいだけではダメ」と言われ、完全に困惑してしまった。

 

現在の自分から見ると正直、そう上手くもなかったんだけれどね(笑)。他の人が歌えないようなというか、私にしか歌えない歌をそれなりに歌えるようになるにはずいぶん長い時間を要した。

 

その過渡期にあるような状態の子に、たいてい物申す誰かは「表現力を上げないと」とか「君は何をどうなりたいの?」とか言う。

 

私が思うに、この表現力という厄介モノには大きく分けて二つの要素が必要で。

 

一つは歌うために必要な

「最低限の技術」

 

そしてもう一つは、

「感じる心の振れ幅」

 

技術については本職じゃないので、あまりクドクド語るつもりはないけれど、この「感じる心の振れ幅」というのは、イイ歌を歌えるようになるためには、かなり重要かつマストなファクターだと思っている。

 

これをいかに盤石に支えられるかが、技術力の役割であり、私が「技術は(とくにプロを目指したい歌唱者は)ないよりあったほうがいいけど、基本的には必要最低限あればいい」と言っている理由。

 

そんなことよりもまずは「感じる心の振れ幅」をいかに耕せるか、これができないうちはどんなにボイトレにせっせと励んだところで所詮、すべて上辺のものにしかならないと思っている。

 

ほとんどまともに歌った経験のない子たちの指導を引き受けた時、とりわけ苦労したのは、そもそも最低限の技術さえなかったから、というのが一番だった。

 

もちろん私自身も取り組んで来た発声トレーニングというのは搔い摘んでレッスンに取り入れるのだけど、基本的には現在の歌唱のブラッシュアップというのが私のメソッド向きな気がするので、今後もし完全な素人さんの指導をする時には色々考えてあげないといけないなと思っているこの頃(苦笑)

 

話が少し脱線してしまったけれど、表現力とはつまり、「振れ幅広げようぜ」ということかな、と何となく私自身は30年以上歌ってみて、思っている。

 

自分に関してはその振れ幅のポテンシャルはもともとあったタイプのはずなんだけれど、そこを重要視してこなかったってことと、そういう指摘を受けるようになってからは真面目過ぎて頭でっかちになり過ぎてたのが苦難の元凶だったと想像している。

 

振れ幅を広げる第一歩目として大切なのは、自分の現在位置と状態を把握することかもしれない。

 

それが今はどんなに小さいものであっても、「ちゃんと認識してあげること」

 

私自身はとくにそれを意識してやれていたわけではなかったように思うけれど、結果論としてこれをあらかじめ知っているのとそうでないのとでは、進化のスピードがかなり変わってくると思う。

 

わりとよくある事例で、本業歌手よりもたとえば実力のある役者さんの歌のほうが世界観や説得力があるように感じるのは、きっとこういう理屈なんじゃないかと思っている。

 

ということで、技術だけでは一生表現力はモノにできない。

 

感じる心の振れ幅だけより技術もあったほうが表現力は進化させやすい。

 

要するに両方必要で、でも基本的には後者を重要視したほうが自分しか歌えない歌を歌えるようになりやすいよ?って話(笑)

 

ちなみに、心の内訳についてはまた別のテーマになるので、いずれ何処かのタイミングでは書いてみようと思う。