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~気まぐれに心を綴る場所

当面の活動方針

去年の今ごろちょうど、satomi unit(仮)で鍵盤を除くフルバンド形式でLIVEをやらせてもらった(厳密には、その前の5月にもリハビリ的に横浜のとある場所でアコースティック編成でも歌ってるんだけど)。

 

つまり最後にLIVEで歌ってから、一年unitとしては活動をしていない。3月頃にある企業の音楽制作の仕事でレコーディングはやったけどね。

 

この間、制作の仕事はこれまでどおり続けながら、いくつか曲を書いたり今現在書いてる途中のものもあったり、satomi unit(仮)での二度のLIVEを経て、私が一番やりたいこと、そのベクトルを探っていた。

 

事実上の活動無期休止に入る前、私は2枚のCDをセルフリリースして、かなり積極的にLIVE活動を行っていた。

 

最初のアルバムを作った頃はほぼ毎日どこかでは歌っていて、サポートメンバーもいない頃なんて、今でいえばどっかの地下アイドルみたくオケ音源を持ち込んで普通にロックバンドに混じってイベントで歌ってたこともある。

 

そこから数年間はとにかく、LIVEボーカリスト的な活動で自力を上げたんだけど、私にとって常に足枷となるものがあった。それがバンド。

 

ピアノやギターを弾き語りで歌えるわけではない歌い手にとっては、サポートしてくれるミュージシャン、バンドが不可欠。でも一方でLIVEをやればやるほどバンドで歌うことの居心地の悪さとフラストレーションに内心、課題を感じていた。

 

機会があればこの辺の細かな経緯もまたいつか語ることはあるかもしれないけど、今回は割愛する。

 

いろんなことがあった結果、最終的に私が選んだ道は「LIVE中に何か起こっても自分の歌で巻き取れる最小限の形」という結論だった。それが歌とアコースティックギター1本という編成。

 

その時にいつも私を盤石な演奏で支えてくれていたのが、先日久々の再会を果たした京都の清水英之くん(フラリーパッド)だった。

 

彼からその後ある時期に「自分の音楽活動に専念したいと思ってて・・・」と連絡があった時、正直なところ、自分のLIVE活動はこれで終わりだなと思った。

 

もちろんいいミュージシャンはたくさんいるし、物理的にはいくらでもステージなんて出来たはずなんだけど、私が120%歌うことだけに集中できた演奏家というのは実は今のところ、彼以外にいない。

 

そのことに今、改めて感謝してやまないけれど、別にミスのない演奏をしたいわけではなくて、演者には私の歌や作品に全力で向き合ってほしかった。それが本音。

 

私みたいにLIVEBARのような店でほぼ毎日歌う経験を何年もしていれば当然、本番中自分も含め、誰かしらミスしたり思いがけないハプニングが起こることもある。突然の展開にその場のノリで合わせて成立させることも必要になる。

 

そんな中でやってきた過去があるから、少々のミスやハプニングは私にとっては今でも大した問題ではない。

 

活動を休止しようと思ったのは、そのラインを超えた色んな現実と誰にもどうしようもない矛盾と向き合い続けることに疲れてしまった、というのが一番だった気がする。

 

自分でいうのも何だけど、歌うことは一生分以上やってきた気持ちでいるから、別に仕事以外でこれ以上歌うことがなくてもいいやと思ってた時期も長い。

 

その上でこの一年、個人の活動を再開してみて、一つ改めて確認できたことがある。

 

LIVEは基本やらないということ。

 

もちろん金輪際一切やらないということではない。

 

私が気まぐれ起こしたら、どっかでこっそりアコースティック編成で歌うなんてことは多分、ある。

 

ただiidasatomiないしsatomi unit(仮)の当面の活動形式としては制作と発信をメインに取り組もうと思っている。

 

その理由には私自身が課題視してきたバンドのスタンスの問題もあれば、私自身が抱えている発声障害への不安の問題もある。

 

それらを包括的かつニュートラルに考慮し、取捨選択した結論。いろんな出来事、段階を経て、一年近くかかったけど。

 

実は私のこの決断は7月頃には定まっていて、関係者ともしっかり相談を終えている。

 

あとはやってくだけなんだけど、なにしろ現段階では皆ほぼライフワークのため、時間がかかる(笑)

でもそれは別に気にしていない。

 

そこから今日まで二ヶ月ほどあったけど、音楽・それ以外に関わらずただ自分がやるべきことやりたいことだけやって過ごしてきた。そしてそれは今も継続中。これからもまだまだ続く。

 

ようやく具体的に全体が動き出せる時期にさしかかったこのタイミングで、英之くんと約15年ぶりに再会できたことにも何か意味があるんだろう。

 

彼ともきっと、またそのうち何か一緒にできる機会があると思っている。

 

あの頃にはやりたくてもできなかったことが、今はできる。

 

時代やインフラの変化、自分自身の経験と成長、今なお変わらず評価・支持してくれる人々、そのすべてに対する感謝。

 

2019年に向け、これからますます楽しくなりそうだ。

告白

この15年近く、世を忍ぶ仮の姿の自分を演じて生きて来た。

 

これからもその顔が完全になくなるわけでもなければ、なくすつもりもない。

 

だけど、これからは一つずつ本当の自分に戻っていこうと思っている。少しずつその作業を意識しながら、取り組みながら過ごす日々。

 

一ヶ月以上経ち、そろそろ色んな現象が起き始めている。

 

なにより、私自身が生きることを自分史上最高に楽しんでいる。

 

他人の目には私の何かが変わって、どこか別の人になったようにも見えるかもしれない。

 

でもそれは勘違い。

あなたが見ていた私のほうが仮の姿なのだから。

 

私はずっと、その仮の姿をさも本当の私自身のような顔して、とくにこの10年ほどの間、暮らしてた。

 

おかげである程度のものも手に入ったし、いくつか夢も叶った。

だからずっとこのままでも別にいいやと思ってた時期もある。

 

でもそれは、自分に嘘をつき続けながらこれが正義だと疑いなく思わせることを意味していた。

 

思い込ませるのではなく、完全に思考を書き換える。そうやって私自身が意図的に造り出したもう一人の仮の姿の私を、ずっと別のどこかから見てきた。

 

自分のことなのに他人のことのようで、でもやっぱり自分のことなんだといつも不思議な感覚だった。

 

もともと、どちらかといえば不器用なタイプのはずの私がずいぶん器用なことやってたものだなと思う。

 

自分の意志で自分の人格を真逆に振り切るなんて、たぶん誰にでもはできないだろう。

 

それくらい、生きることに切迫していたのかな。昔の私は。少なくとも、ただ自分のまま生きるには難しいことが多過ぎたんだろう。

 

本当の私に戻っていくけど、元の自分に戻るのではない。自分の手で造り出した「もう一つの生き方」も実はそんなに嫌いじゃない。

 

その存在に助けられ、おかげで今もこの世界にちゃんと生きていられてるんだと思っているから。

 

同じことをやっていても、心の在り方が変わればこれまで以上にもっと世界は楽しくなる。目の前にあるものはすべて、本当は誰のせいでもない。

 

自分でさえ気づいてないことも含めた、心の映し鏡なんだ。

 

表現力の定義

業界に入って、ずっと私が頭を悩まされ続けたテーマ「表現力」。

 

その定義はあまりにもふんわりしていて、30年以上歌って来た今でも正直これといった明確な回答は持ち合わせていない。

 

私が表現力という大きな壁にぶつかったのは、20歳のころ。

 

高校3年生の時にチャレンジしたコンテストでボーカル賞をもらったのをきっかけに、19歳で東京の事務所に所属することになった。

 

※1年のタイムラグは大学受験の勉強をちゃんとやり切れなかったせいで一年浪人生活を送ることになり、翌年、芸能活動を始めるため上京することを考慮し、母校・神奈川大学の英文科を受験したため。自業自得(笑)

 

当時は先輩にシンガーソングライターの山崎ハコさんや女優の裕木奈江さん、以下新人や売り出し中のタレント・女優さんたちが何人か所属していた。

 

ようやく20歳を迎えたばかりという年齢の私には、事務所の社長やマネジャー、ハコさんからの自分の歌への指摘の意味がさっぱり理解できず、ずいぶん悩み苦しんだものだった。

 

今ふりかえっても、なかなか手厳しい指摘を毎度毎度受けていたなと思う。

 

それまでの私には「歌がうまい」という言葉が最上の褒め言葉だったのに、「歌がうまいだけではダメ」と言われ、完全に困惑してしまった。

 

現在の自分から見ると正直、そう上手くもなかったんだけれどね(笑)。他の人が歌えないようなというか、私にしか歌えない歌をそれなりに歌えるようになるにはずいぶん長い時間を要した。

 

その過渡期にあるような状態の子に、たいてい物申す誰かは「表現力を上げないと」とか「君は何をどうなりたいの?」とか言う。

 

私が思うに、この表現力という厄介モノには大きく分けて二つの要素が必要で。

 

一つは歌うために必要な

「最低限の技術」

 

そしてもう一つは、

「感じる心の振れ幅」

 

技術については本職じゃないので、あまりクドクド語るつもりはないけれど、この「感じる心の振れ幅」というのは、イイ歌を歌えるようになるためには、かなり重要かつマストなファクターだと思っている。

 

これをいかに盤石に支えられるかが、技術力の役割であり、私が「技術は(とくにプロを目指したい歌唱者は)ないよりあったほうがいいけど、基本的には必要最低限あればいい」と言っている理由。

 

そんなことよりもまずは「感じる心の振れ幅」をいかに耕せるか、これができないうちはどんなにボイトレにせっせと励んだところで所詮、すべて上辺のものにしかならないと思っている。

 

ほとんどまともに歌った経験のない子たちの指導を引き受けた時、とりわけ苦労したのは、そもそも最低限の技術さえなかったから、というのが一番だった。

 

もちろん私自身も取り組んで来た発声トレーニングというのは搔い摘んでレッスンに取り入れるのだけど、基本的には現在の歌唱のブラッシュアップというのが私のメソッド向きな気がするので、今後もし完全な素人さんの指導をする時には色々考えてあげないといけないなと思っているこの頃(苦笑)

 

話が少し脱線してしまったけれど、表現力とはつまり、「振れ幅広げようぜ」ということかな、と何となく私自身は30年以上歌ってみて、思っている。

 

自分に関してはその振れ幅のポテンシャルはもともとあったタイプのはずなんだけれど、そこを重要視してこなかったってことと、そういう指摘を受けるようになってからは真面目過ぎて頭でっかちになり過ぎてたのが苦難の元凶だったと想像している。

 

振れ幅を広げる第一歩目として大切なのは、自分の現在位置と状態を把握することかもしれない。

 

それが今はどんなに小さいものであっても、「ちゃんと認識してあげること」

 

私自身はとくにそれを意識してやれていたわけではなかったように思うけれど、結果論としてこれをあらかじめ知っているのとそうでないのとでは、進化のスピードがかなり変わってくると思う。

 

わりとよくある事例で、本業歌手よりもたとえば実力のある役者さんの歌のほうが世界観や説得力があるように感じるのは、きっとこういう理屈なんじゃないかと思っている。

 

ということで、技術だけでは一生表現力はモノにできない。

 

感じる心の振れ幅だけより技術もあったほうが表現力は進化させやすい。

 

要するに両方必要で、でも基本的には後者を重要視したほうが自分しか歌えない歌を歌えるようになりやすいよ?って話(笑)

 

ちなみに、心の内訳についてはまた別のテーマになるので、いずれ何処かのタイミングでは書いてみようと思う。 

 

transition

人生はつねに過渡期だな、と近ごろつくづく思う。

 

平均寿命の半分程度も生きてくると、経験やそこから得る結果や自分なりの知恵みたいなものまで何となく出来上がって、ちょっとくらいは人間てものを理解った気になったりして・・・。

 

18年ほど前に、一度すべての思考の棚卸をしたことがあって、その時以来、人生について何か「これってこうなんじゃないか」と思うことがあっても「少なくとも今は」とつけることが多くなった。

 

あれから大々的な棚卸をすることはなく来たけれど、どうやら人生二度目の棚卸期に突入したらしい。

 

18年周期というのを言っている人もいるけど、あくまでそれは目安の数字だと思ってて良い気がする。

私の場合、たまたま18年空いたけどね。

 

長い歳月と日常や経験の中で、昔なら「こうに違いない!」くらいに思っていたことさえ、真逆に転じることがある。

 

その体験をして、考えることに意義はあっても、絶対的な結論を出することには意味がないなと思った。

 

いま生きている私たちはみな等しく、少なくとも死んだ経験がない。

 

あと何年、何十年生きるかも知らないけれど、きっとまた18年経った先の私は今の私とも違うことを見つけてるだろうし、私よりも年配の人でも若者でも同じことなんだろうと思う。

 

ただ、何をやってどんな生き方をしてきた人であっても、自分より長く生きてる人は自分は知らないことを知ってるもの。

 

だから世間的にはけっこう大人になった今の自分でも、まだまだ知り得ない”人生の何か”がやっぱりたくさんあるんだなと改めて感じている。

 

というわけで、ここのところ毎日せっせと思考の棚卸作業に取り組んでいる私。

 

この何年かで家の中にまた溜まってきた、実はもうとっくに御務め終わってるモノたちにも感謝してお別れしよう。

 

そんな今も、長い人生の中では一つの過渡期。

 

セルフイメージ

セルフイメージのワークを始めた。

 

そういうことに久々に取り組みたくなってきたのにも意味・理由があるんだろう。

 

何をやっても思うように行かなかった頃、とある著書に出逢って、自分の心が反応するほうへ「とにかくやってみる」ことを学んだ。

 

そこから比較的最近までは何とかこの概念の範疇でやって来られたけれど、ここにきて、これだけではこの先を突破するのが難しいような気がしていた。

 

なんとなくそんな気がし始めから多分2年くらい経つだろうか。

 

世界はよくできてるもので、私の心と人と出来事が順繰りに交差してそこそこ自分なりの結論が出始めたと思ったら、教える者が現れる。

 

経験上、行動が変化をもたらし、一定の不安を解消するのは事実だと思う。

 

そもそも行動することすらできぬままに現実を嘆いたり、不満をこぼしている人々は世の中たくさんいる。

 

それは不安や畏れが原因で引き起こされているというケースも多い。

 

その状態の人がアクティブに行動するようになれば、当然のことながらその分だけは状況が変化していくことになる。

 

結果、以前には得られなかったものをいくつも得られるようになるけれど、永遠に終わりのない闘いの道を進んでいる感じがして、いつ頃からか何かが違う気がしていた。

 

一生懸命身を削って頑張ることも、努力を重ね継続することも、もちろん大事。

 

でも時々、たとえば自分ほど必死に努力してそうもないのに、何となくいつもうまくいってるようにみえる人たちを見て、ずっと「何でなんだろう?」と不思議で仕方なかった。

 

もちろん彼らだって彼らなりの努力はしていると思うけどね。

 

でもそうじゃない何か、自分との決定的な違いがある気がしていた。

 

おかげさまでこれまで持ち前の努力性と根気に巡り合わせが重なり、それなりに成し遂げられたことも得られたこともある。

 

だからそれなりに自分はラッキーで幸せだと思ってきたし、今もそう思っている。

 

そんな中、少しずつ大きくなっていた違和感。

 

これを払拭し、この先の自分の世界を変える鍵は「セルフイメージ」だと知った。

 

セルフイメージが過小評価されたまま、どんなに行動をしても結果は思うようにはついてこない。

 

つまり、なぜか結果を出しているように見える人たちというのは、この「セルフイメージが満たされている」ということ。

 

仮に同じだけ努力しても同じことをやっても結果が異なる不可思議な現象も、これを理解しているととても納得がいく。

 

 

自分を受け容れることをこの10年以上テーマに過ごして来た。

 

ただそれは、”とにかく行動することで得られる評価や実績”に頼って、自分を受け容れようと私はしていたのだと思う。

 

心を満たす水は、他者から与えられたものだとあっという間に渇いてしまう性質があるのだという。

 

だからもっともっと、早く急がねば・・・そんな焦燥感にやがて人は飲み込まれてしまう。

 

もっとも重要なのは、「自らの手で心に水を注ぐこと」

 

彼らは少なくとも今現在はそれができている人、もともと感覚的にそれを知っている人たちだとわかった。

 

では、自分自身はどうだったか・・・?

 

心の深層を掘り返してみると、この10年以上ずっと、他者から与えられる水を求め続けていた気がする。

 

というよりは、どこかのタイミングで一旦自己否定した自分がいて、「他者からの水でしか自分を受け容れられないはず」と思い込んでいたように思う。

 

それでも私がラッキーだったと思うのは、今現在、基本的には”やりたくないことはやってない”ということ。

 

でも一番やりたこと、一番好きなことをやれてるか?と訊かれたら、厳密にはそうではないと思う。

 

今やっていること、やれていることには「私でも大丈夫」という自信をたくさんもらった。

 

だからすごく感謝しているし、それなりにやりたいと思って楽しめもする。まあ好きなほうに入ることだとも思う。

 

これまでやってきたことを今後も続ける上でも、ここからまた新たなステージに向かっていく上でも、この「セルフイメージ」の上方補整がとても重要な意味をもつ気がしている。

 

私自身が、こういったワークを通じて実際に変化を経験したり、自身に完全にインストールすることができたら、歌唱カウンセリングなどの仕事にも取り入れてみなさんにシェアしていこうと思っている。

 

つくづく、自分という人間は不器用で回り道気質だなと苦笑いしたくなるけれど、その分だけ誰かと共有できるものを得ていると思えば、そこに何らかの意味がある気がしてくる。

 

時間をかけて、少しずつ自分を取り戻してみよう。

 

裏方病

慣れというのは実に恐ろしいですね。

 

長年、表に出ない立場で仕事していると、知らないうちにすっかりそっちの習性に染まってしまって、違和感もストレスもさほど感じなくなってた自分に、最近ようやく気づきました。

 

言ってみれば、「裏方病」みたいなもの。

 

仕事って、職種にもよるけれど、それぞれに役割ってものがありますね。

 

色んな役割の人々が集まることで、制作とか舞台とか、番組とか何らかの作品が出来たり、あるいは一般企業でもプロジェクトとか部署が総じて事なく運営されたりするわけなんですけど・・・

 

舞台に立つ人、とりわけ真ん中に立って演じる人のために、その他の人たちは最大限を尽くして仕事し、その真ん中に立つ「誰かさん」のやりたいことをできるかぎり実現するのがそもそもの役目。

 

絶対無理だよって思われてたかもしれないし、自分でも絶対無理って思ってたのに、思いのほかそっちの役割を果たす適性があったようで、その立場で仕事することがけっして居心地悪くもなかったんですね、私(笑)

 

その感覚で生きることが、ある意味自分のスタンダードになりつつあったのですけど、フロントクリエイターとしてはやっぱりそれではよろしくないだろうと。

 

以前、何かの番組で俳優の坂上忍さんがこんな感じことをお話されてました。

 

「僕は自分の作品では演者はできないし、演者に入るなら他人の作品じゃないと絶対に無理」

 

いろいろ自問自答してみたけれど、私も坂上さんと同じように両立は基本的に無理なタイプだと思います。

 

少なくとも、表の役割を果たす立場である瞬間の自分は、もっと”物分かり良く”なくていいんだと、或る方と最近お話していて、ふと自覚したんですね。

 

これは多分、歌ってきて、初めてのことかもしれません。

 

両方の立場を経験してきたからこそ、一周廻って初めて、【自分ゴト】として認知できた瞬間。

若い頃はこれを無意識にやってたなとその時、昔の自分を振り返って思いました。

 

そして、私自身のスタンスがはっきりしたら、いろんなことがクリアになりました。

 

もっと早く気づければよかったけど、今このタイミングであることにもそもそも意味があるのでしょう。

 

『教える者は学ぶ者の準備が整った時現れる』

 

私の数少ない愛読書にも、そういえばこんなことが書かれてました。

 

文字どおり、”我が人生、歌とともに在り”

 

何かが大きな一つのフェーズに入ったのかもしれません。

 

物語のつづきは、これからのお楽しみ。

 

職業作家とアーティストの違い

ひと言で表すなら、「ひらめき優先思考」かどうかの違いだと思っている。

 

両方の立場を経験している私のケースを振り返ると、アーティスト活動しか経験のなかった時代はやはり100%そうだったし、活動休止以降は仕事の環境や状況の変化と比例する形でそうでなく書くようになっていった。

 

感覚の過渡期というか、同じ人間の中に【真逆のスタンス】が共存するには、そうやって適度なバランスを定着させる時間が必要だったろうと思うし、それは経験の積み重ねでしか成し得ないものだとも思う。

 

2017年から自身の活動を再開したことで、最近の私の創作がどうなっているかというと、時にもよるのだけれど、概ね50%ずつという感じだろうか。

 

以前出演したイベントでもこの辺の話には少し触れたのだけれど、作詞にせよ作曲にせよ、

 

「先に弁当箱を決める」

 

ということを職業作家というのは基本的にやっている。

 

依頼主から詳しいオーダーがあれば当然その条件を考慮した形で弁当箱を選定していくし、オーダーがざっくりしていたとしても自分なりに弁当箱を見定めて、作品を構築していく。

 

アーティストオンリーの立場だった頃の自分の創作活動を思い出してみると、「(私が)歌いたいもの」「(私が)書きたいもの」がつねに本質的根底にあり、思いついたことを思いついたまま言葉やメロディーにしていた。

 

要するに弁当箱のことなど考えず、おかずのことばかり考えている状態。

 

一方で、最近では多少時代も変わり、アーティストでありながら職業作家のような人たちもちょいちょい見受ける。

 

水野良樹さん(いきものがかり)などはまさにその代表例だと思うし、ゆえに彼がテレビ番組等で語っているコメントには多くの職業作家が共感するポイントがいつもたくさん詰まっている。

 

個人的にはそういう調整作業は本来、プロデューサなど裏方の役回りであり、アーティスト本人にはもっと自由かつひらめき優先であってほしいと思うけれど、立場やジャンルに関わらずマルチプレーヤが重宝される時勢下では水野さんのようなタイプが出てくるのも、ある意味当然の流れなのかもしれない。

 

このテーマをもう少し掘り下げると、当然ながら歌詞やメロディーを吟味する時の職業作家目線の着眼点の話に及ぶことになるのだけども、それについてはまた別の機会に書くとする。

 

声とエイジングに関する考察

加齢による声質の変化について最近少し考えている。

人間誰しも歳はとるし、当然それに伴って徐々に声質も変化していく。

 

たとえば私のように年がら年中、何らかの形で歌っているとか声の仕事をしている人は全体の中では稀なので、多くの人々は声帯や発声関連器官を意識的に鍛えることなく加齢が進んで行くことになる。

 

一方で、声帯の筋肉というのは人間の体を構成する筋組織の中でもっとも最後まで成長する筋肉とも言われている。

 

よって前出の状況を踏まえると、たとえば高齢者であってもトレーニングすれば案外成果を得やすい部位であることが推測できるとも思う。

 

昔からこの事案については認識もしていたし、自身も歳月とともに意識が徐々に強まってはきていたが、最近になって急激に考えるようになったきっかけは、女優・今井美樹さんの最新の歌をふと耳にしたのがきっかけ。

 

厳密に言うと、今回気になったのは声質の変化よりもビブラートの変化。

 

もう少し具体的にいうと、雑多な生活音がひしめく環境下で流れてきた歌を何となく耳にしただけでもハッキリと認識できるほどの変化。

 

私の脳内で見えた画は喉のかなり奥のほう、両鎖骨の間の凹みにほぼ近いくらいの位置で細い軸の中心に大きな圧をかけながらちりめんほどではない細かめの振動を起こし、かつ声は語尾に向かって極端に抜きながら歌う、という分解するとけっこう複雑な歌い方をしている。

 

これをいうと今井さんは嫌がるかもしれないけど、ママさんコーラスで歌っている年配の女性に多く見られるようなタイプのビブラート(とくに語尾)。

 

もちろん声質はいくらか加齢による変化が見受けられるけれど、それは当たり前のことなので仕方がないと思う。

 

今回この件に改めて関心をもったことで、こんな興味深い記事にたどり着くことができた。

 

なんと、加齢による声質の変化は、性別によってその傾向が違う、というもの。

 

てっきり加齢とともに高音が退化または消耗し、声が低化していくものと思い込んでいたけれど、実際にはそれは女性の傾向で、男性はその逆、むしろ高化するというのだ。

 

たしか言われてみれば、ベテランの男性歌手の方が若い頃と比べて声が細くなっていると無意識に感じる事例は多い。

 

医学的にはこの現象を「声が高くなった」と位置づけるのかもしれないけれど、実際の印象では細くなって重心のしっかり利いた声が出しづらくなった、ような印象を受けるというのが正しいように思う。

 

ただ認識していなかった事実なので、今回初めてこの法則を知って一つまた勉強になった。

 

そうすると、とくに年配者へのレッスンを今後もし引き受けることがあった場合に、男女でやり方の前提を変える必要があるということでもある(今のところ、そんな予定はないけど。笑)

 

話を本題に戻そう。

 

エイジングによる自然な声質の変化がビブラートの変化とどうつながるのか・・・?

 

結論、【補整意識の発動】だろうと思う。

 

ではどうしてそんな意識が生まれるのか、想像してみると、歌い手自身が今現在の声や発声フィジカルの状態を受け容れられておらず、意識だけが20〜30代前半くらいまでの自身の「黄金期」のままだからだろうと察する。

 

当然そこを目指してまた同じように歌いたいとトレーニングしてみるけれど、実際には何十年も経過しておりその間必要なトレーニングはほぼされていない状態だとすると、かなり時間も要するし、現実に今の年齢になっているわけなので完全に元通りになるはずはない。

 

世間的に無名な私自身もフィジカル的なゴールデンエイジは実際にあったとたしかに思うし、私自身はその当時の声も感情も歌もすべて過去の宝物でしかないと思っているので、今は今の声で最大限出し切ることしか通常考えない。

 

以前のような声で歌えない、という状態・状況が

 

「何かで埋め合わせなければ・・・」

 

という潜在意識を動かし、結果、一番出やすいのがビブラートとか溜めとか、そういった技術に現象として表れているのではないかと思い至った。

 

幸か不幸か過去に大きく売れてしまった人ほど、今はなき「昔の自分の歌(声)」をリスナーの記憶の中で追い求められてしまう。

 

嬉しいような悲しいような”歌い手ジレンマ”ともいえるだろうか。

 

加えて、声質に透明度の高い傾向の人ほどこのジレンマは大きくなるだろうと想像する。

 

つい数日前には某テレビ局の音楽特番で歌手の華原朋美さんが昔の作品を披露されていたが、ビブラートについてはまたタイプが異なるものの、小規模ながら今井美樹さんと同じ現象が見受けられた。

 

そんな経緯でこの事案についてここしばらく脳内検証していたのだが、今回のケースを通してもやはり私の持論である

 

『声と向き合うこと=今日、いまの自分を知り、受け容れること』

 

ということをまた一つ裏付ける材料となったのではないか、と感じている。

 

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はぐれた雲が空をゆるやかに流れる

私はいつの間にかここにたどり着いた

余計なものは全部 捨ててしまおう

ありのままの自分を受けとめるために

 

心の地球を裸足で歩こう

大地がざわめく   生命(いのち)を震わせて

 

生きていく意味を知ることの繰り返し

そんな 長く  切ない"自分探し"の途中

 

(楽曲”Acceptance” by iidasatomi 一部抜粋)

 

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商業作詞

自覚する限り、それなりに言語フェチ。専攻は英文学だったけど個人的には言語学にとても興味があって、英語学の講義がいつも楽しみだった。

 

そんな私が商業作詞に椅子を見出すなんて自分でも意外だけど、広告のキャッチコピーみたいなもんと捉えれば腑に落ちることはけっこうある。

 

大ヒット作を手掛けている作詞家が大手広告代理店出身者(ディレクター)だったりするのを見るとその信憑性の片鱗が見えるのではないかと思う。

 

仕事となると、自分に出玉とか引き出しがなくても時にはやってみなきゃいけないものがあったりするのだが、その最たるものはおそらくRAPというやつだろう。

 

あまりディープな世界は知らないし、別に知りたくもないけど、一方でこのRAPというやつはその時代の”言語感”みたいなものを最も象徴する分野かもしれないと個人的に思っていて、

 

90年代の最初のブーム期から時系列に並べて比較・分析していくとかなり変化していることがよく解る。

 

当然その時代時代の社会背景というのも如実に反映されるし、一応音楽ジャンルの一つではあるがどの音楽ジャンルよりも、いわゆる【しゃべり言葉】に近い。

 

ちょっとした音の連結パターンや、ピッチ・リズム、間など、似て非なる特徴が時代とともに変化していて興味深い。

 

好きでも何でもないが興味対象として面白いと感じれば分析したくなる質なもので、仕事が絡まなければ関心持つこともなかったとは思うけれど、それっぽい機会があるたびに最新のRAPをリサーチしてはこっそり分析を楽しんでいる。

 

実際それをアウトプットする時には当然またカスタマイズが必要なのだけど、それに大きな役割を果たすのがおそらく広告コピー的な感覚なのかなと思う。

 

商品・ターゲット層・媒体・季節、etc・・・誰に何をどうやって訴求したいか?

 

広告ならそこまででもある程度網羅できるかもしれないけど、こっちは曲が下地に入って来るのでメロ感をいかに捉えられるか、そのセンスも重要になる。

 

作曲が自分であっても他人であっても、このメロ感(と、この場では呼ぶことにする)をキャッチする感性は商業に限らずおそらく作詞という作業にとってかなり明暗を分ける要素だと思っている。

 

とくにRAPは言語感を象徴しやすい分、自分のデータベースが古いと途端に「古臭い」印象に陥る。

 

若者言葉に迎合するつもりもないし、そんな必要もないと思うけど、このジャンルを仕事で取り組もうとすると実はすごく生モノ的で青み魚のような足の早さが難点だったりもする。

 

なので当然リリースして10年も経てばきっと、当時は最新と思って仕込んだ脳内データをもとに書いた作品も間違いなく古いRAPになってしまってるんだろうってのは、容易に察しがつく話(笑)

写真

去年の春に自身の活動を再開して以降、そろそろ今の宣材を撮らなきゃなあとずっと思っている。

 

やっぱりそういう写真は感覚の通じるカメラマンに撮ってもらうのが一番いい。でもなかなかほんとに一生好きと思える写真を残すのもなかなか難しい。

 

ちなみに、セカンドの制作の時、LAで撮った写真は今でもとても気に入ってる。

 

 

 

被写体はさておき撮影してくれたカメラマンのセンスが好きなだけな気もするけど(笑)

 

彼が使っていた手法クロスプロセスは当時まだ日本ではあまり知られてなかった時代。アナログとデジタルのハイブリッドみたいな感じで、とても惹かれるものがあった。

 

今の自分を切り取るとしたらどんな表情や場面だろう。最近ぼんやりしてる時、よく考える。

 

あまりにも人に見られる意識から遠のいてたのと歳月とで、自分で写真を撮ってみる度、己の顔のぼやけた輪郭にげんなりする(笑)

 

 

宣材を撮るにはまだもうちょいテコ入れしないとかな。

 

「夢にこだわるな」

音楽の道を志す人の大半は20代後半以降の人生で苦悩や葛藤を抱えると思っている。

 

苦悩の程度はその人の思考的体質にもよって異なるけれど、何かと生きていくことに苦労する傾向が高い。

 

私には昔、何社かとメジャーデビューの契約話が進み始めていた頃、事務所の社長の指示で実はバンド活動をしていた時代がある。

 

当時のメンバーたちがどういう説明や経緯でそのバンドに参加することになったかは分からないが、色々な事の流れの中で一部のメンバーが去ってゆき、バンドは事務所の崩落劇に追随するかのように自然消滅した。

 

当時メンバーだった彼らともう再会することもないだろうと勝手に思って過ごしてきたけれど、人生というのは不思議なもので、ひょんなことをきっかけにそのまさかが起こった。

 

そんなこんなで先日は一部メンバーとの奇跡の同窓会。

 

一人は完全に演奏からは足を洗ってとある専門者で立派に仕事し、一人は同じくある専門分野で世間的には一流企業といわれる会社でしっかり活躍しながら、趣味で音楽をまたやり始めたところだという。

 

みな一様に苦労の道をたどり、暗中模索し、人の縁に導かれ助けられ、回り道をくり返しながら今日にたどり着いている。

 

私はというと、10年ほど前に事実上の無期限活動停止宣言をしてからというもの、正直、無理に音楽にすがりたいという気持ちはなかった。

 

企業ディレクターとして一般職の仕事に没頭していた時代もある。

 

いちおうは音楽を本業としている今でさえ、

 

「この道を志したばっかりに・・・」

 

という過去の苦悩から感じてきた思いが消え去ることはない。

 

私がそうであったように、彼らもあれから長いこと自身の進むべき道に悪戦苦闘しながらも、諦めずにそれを探し続けてやっと今があることを知った。

 

今現在、過去の私たちと同じように苦しんでいる人もいるだろうし、今まさに夢を追いかけてのちにそうなっていく人もいる。

 

その数全体の99%と言っても過言ではないだろう。

 

もし仮にメジャーデビューしたとしてもけっしてその先の人生が順調なわけでもなく、苦労人の道を生きていく者のほうが多い。

 

私が今になって思うのは、「夢にこだわるな」ということ。

 

音楽にのめり込むことで、私も含め多くのミュージシャンが失ってきたのは「社会的時間」とでも言えばいいだろうか。

 

それを失ったままこの国で生きていくことは人が思う以上に相当困難で、この自己矛盾に堪え切れなくなり自ら命を絶つ者も中には、いる。

 

でも、本当にそんなことしなければならないほどの話だったのか?

 

あらかじめ色んな人の事例を知っていれば、あらかじめ色んな人の経験談を何となくでも耳にする機会があれば、そしてどんなふうにその人たちが乗り越えていったか、そうなる前にどうしておけばよかったと思っているか、

 

そういうことを知るチャンスを得る場が、音楽や歌を志す若者に対して少な過ぎるのではないかと前々から思ってきた。

 

私のかつての同志たちのモデルケース同様、音楽家という道には敗れても、のちに活躍できる別の道を見つけた人はきっと他にもたくさんいる。

 

私自身の音楽屋としてのキャリアはまったく参考にならないとしても、馬車馬のように仕事して一般職と音楽活動を両立してきたこの経験については、まだこれからの若き表現者やクリエイターたちの参考になる要素が大いにあると思っている。

 

ただ歌を教えるだけの上っ面なボイトレや歌唱指導なんてたいして興味はない。

 

それなら私よりも上手で優秀な指導者など、世界にはたくさんいる。

 

もし今も私が音楽の道で生きていることの価値、意味を見出せるとしたら、”誰かのためになる何か”を提供することでしかないと、この数年ずっと思ってきた。

 

いっぽうでこの国の増え続ける自殺者数にも心痛めてきた。

 

どうしてそうならなければならなかったのか。

 

本当にそうならなければならなかったのか。

答えは、NOだと思っている。

 

それを知るきっかけを渡せる場所や機会を作ることなら、今の私にもできる気がしている。

足跡たち

基本的に過去は前に進む時に振り返るのがポリシー。

 

前しか見ない、というのは性格的にできない。

 

なぜか?一切のミスも後悔もないなら話は別だけど、そうじゃないなら分析と検証、対策がなければまた同じことをくり返すだけと思ってるから。

 

それってつまり、歳月だけが経過して、成長がないということ。

 

今は自分で歌う作品をなかなかリリースするきっかけもないけれど、昔リリースした足跡たち(作品)をまだ聴いたことがない人たちのために少しは垣間見れるよう環境を準備しようと思っている。というか既にその作業を進めている。

 

さほど格好の良いものではないけれど、こんな便利な時代にあって盤と現場しかチャンスがないなんてケチにもほどがあるからね(笑)

 

冗談はさておき、欲さえ出さず、やると決めれば話は早いもので、だいたい思ってたくらいの段取りと期間で準備はできる見通しをつけている。

 

それ以外にも自分自身が歌ってみせることのほかに「今の私だからできること」を少しずつ、形にしていければと思っている。

 

期待しないで待っててね。

何をやりたいの?

 

これだけ長く歌っていても、やっぱりこの言葉を耳にすることになるんだな。

 

「何をやりたいの?」

 

昔は分からなかったけど、きっとこれってジャンル感の話なんだろうなと気づいた。

 

たしかに私の過去の楽曲は高校時代も含めたら、相当模索してきてると思うし、そこに一貫性がないと言われても「そうでしょうね」としか答えようがない。

 

でも録音じゃなく、ましてや楽曲ジャンルじゃなく、今の実歌をよくよく見て聴いてもらえれば、私の歌の根底にあるものは一貫してることが理解るはず。

 

ま、それを自分が一見で伝えきれないところがまだまだなんだけど。

 

今さらまた表で歌い始めた私にとって、正直楽曲のジャンル感など、ある意味どうでもいい。

 

もちろん好きなものを創るだろうけど、一貫したいのは歌だから。

 

それが伝わりやすいようにジャンル感を統一すれば、納得されるのかな?(笑)

 

ここを通じ合える人が私に必要な人だと思ってる。

大切な君へ

 

君が何月何日に生まれたのかは分からないけれど、あの大きな地震があった年の今ごろ、静岡県のどこかで生まれたってことだけは知ってる。

 

2年ちょっと前のある日、突然始まった闘病生活。

 

その時は2年後の今も君といっしょに居られるか誰にも分からなかった。

 

君のためにできることを極限までやりきろうと決め2年が経ち、病気に打ち勝てたかもと思い始めていた矢先。

 

今年に入って、新たな病気が始まってしまった。

 

前回と違って見た目にも明らかな障害が残る病気。

 

君のことが不憫で、なんとか少しでも以前に近い姿に戻ることができないか、そう願い続けていた。

 

その願いが完全に叶うことはもしかしたら、ないかもしれない。

 

でも小さな小さなその体で、病と闘い続けている君の存在が、ほんとうに大切で、ほんとうに誇らしい。

 

介護という日常生活の中では、君にとって心地よくないことをしなければならない時もある。

 

でも、そうやって毎日君とふれ合いながら、時々思うんだよ。

 

もし病気をしてなかったら、こんなにも君と毎日ふれ合うことはなかったんじゃないかと。

 

けっして楽な日々ではない。

 

ふと気づくと、思っている以上に疲れを溜めてしまってる日もある。

 

それでも君が今日、できるだけ気分良くそこにいてくれるなら、それでいい。

 

そしてもし願いが叶うなら、ほんのわずかでも、君の体がその不自由さから解き放たれますように。

 

大切な君へ。

 

生まれてきてくれて、ありがとう。

 

愛兎チャコール7歳の誕生日に捧ぐ。

 

※写真は2017年7月時点のものです※

 

あまり公に語ったことない話ですが、その昔とある音楽プロダクションに所属してました。

いろんなことがあってそこから芸能という世界で音楽活動を始めて、4年後事務所を離れました。

 

その後はフリーのシンガーソングライターとして活動をし、多くの音楽仲間や人々に支えられながら2つのCDを自主出版しました。

 

写真左のが人生で初めて自分の手で作ったCD。右のは、たしかその約3年後に作ったCD。

それぞれの時代にそれぞれの思い出や感情があります。

 

さらにその後、紆余曲折経て、商業音楽を制作する裏方側の道へとシフトしていくわけですが。

 

自身の活動を再開しようかなと徐々に思い始めたのは3〜4年前。

決定的な理由があったわけではないけれど、そういう時期が巡ってきたのかなと思ってます。

 

今satomi unit(仮)でもお世話になっているギタリストの津田治彦さんはさかのぼること、2枚目のCD制作のサウンドプロデュースからのお付き合い。

 

私が10年くらい表の活動を事実上休止してたこともあり、その間は諸事情もあって音信不通でしたが、活動再開を機にまたご一緒させて頂けることになりました。

 

新たな出会いもありますが、どういうわけか古いご縁の復活という不思議な出来事が続いてます。

 

生きてるといろんなことがあるもんです。

お知らせ

とあるご縁から

ちょっと変わった趣向のliveをさせて頂く機会を頂きました。

 

今、色々と準備を進めているところです。

 

会場が特殊で、収容人数がかなり限られるため、誠に勝手ながら会場に関する情報は非公開とさせて頂きます。

 

ご興味ある方、ぜひご連絡下さい。

ご案内させて頂きます。

 

これまでにはなかったコラボレーションでのパフォーマンスをお届けする予定です。

 

どうぞお楽しみに。

ビブラート持論

ある程度の年数、スキルを積んでいる歌唱者に最も不足している傾向が高いと個人的に感じているのが、ビブラート。

 

歌を歌い始めた頃、おそらく大半の人はビブラートはかけられない。

 

それが歌っていくうちにいつの間にか【何となく】できるようになって【しまって】いる、もしくは「できない」状態から「とりあえずできる」状態に練習する、という2パターンがあるかと思う。

 

ちなみに、私自身はどちらかというと、後者。

 

ただその前にまったくビブラートが使えなかったかというと、そうでもなかったように記憶している。

 

長年歌うことを様々なジャンルや角度から研究してきた私としては、歌唱者として「何の意志・意図もなく行うビブラート」が最大のごまかしだと思っている。

 

実際、そうなってしまっている歌唱者はおそらくアマチュアのみならず、プロでもけっこういる。

 

ビブラートを使う歌唱者には是非一度、すべてノンビブラートで歌ってみてほしい。

 

とたんに音程がとれなくなったり、ロングトーンが保てなくなったりと、自分がいかにメロディーや語感をごまかして歌っているかを思い知らされることと思う。

 

いつもいつも言っていることだけど、「すべてに意志・意図をもつ」これが大前提であり、基本。

 

みんな発声や喉のケアなどにばかり気を取られていて、ビブラートに関しては完全にノーマーク、相当無頓着だなといつも思っている。

 

いつもいつも同じ、歌うたび一辺倒のビブラートしか出て来ない人は100%ここに意識のない歌唱者であり、本質的に上辺の技術や雰囲気しか見えていない考えていない可能性が高い。

 

逆にノンビブラートの歌唱者もいるが、私自身は無責任にビブラートを多用するくらいなら、ノンビブラートのほうが嫌でもメロや語感を強く意識させられるので、全然イイと思っている。

 

但し、理想的には両方できて両方使いこなせるのが当然ながら、ベスト。

 

歌唱者であれば「私はこれでいい」ではなく、それを目指してほしいところ。

 

ビブラートありきで歌うのがデフォルトになっている人は、まずビブラートをやめてみることに取り組んでもらいたいと思う。

 

また、ビブラートも一通りではなく、歌詞・メロディー(とくに語尾)によって本来、波の縦幅・横幅は無限に存在するはず。

 

「私は、こう歌う」

 

という意志・意図をしっかりビブラートにも落とし込んで、丁寧にメロディーはもちろん、メロディーのないところ隅々まで歌うこと。

 

これを極めていくのはとても難しいことだけど、歌唱者ならせめて意識だけでもしてほしい。

 

それもせずにボイトレばかりやっていても、”イイ歌を歌うため”には何の意味もないと思っている。

 

【歌う】という行為

自分はつくづく歌にしか基本興味がないんだなと思うことがよくある。

 

幼稚園から高3までピアノも習ったし、バンドもやったし、作曲もするけど、実は正直、【歌う】という行為以外の要素には、いうほど大してこだわりがない。

 

嫌いなものや生理的に不快なものは受け付けないけど、それ以外は本枠の関心の外にあるみたいで(笑)

 

それに細かいことや専門的なことは実際のところよく分からない。

ま、楽典とか最低限のコードとかは一応さらってるけどね。

 

そんな私が好きと言っているものは音も言葉も画も昔から、基本的には単純に直感で物凄くピンと来たというものばかり。理由なんて、ない。

 

本来ものすごく感覚的で本能的な私にとって唯一例外なのが多分、「歌」なんだ思っている。

 

最初は憧れだったシンガーさんのように歌えるようになりたくて歌い始めただけだった。

 

望んでそうなったわけでもないけど、色んな時期や段階を経て、たぶん数にしたらけっこうな数の学術分野に近い視点で【歌う】という行為を、今の自分は分析・実践しているように思う。

 

だからと言って、別に専門機関で研究したいとは一つも思わない。研究が本意じゃないからね。むしろ結果。

 

つまり簡単に言ってしまえば、ヲタクってやつなんだろう。

 

そう考えると、私は別に音楽がとくだん好きというわけでもないのかもしれないと時おり思えてくる。

 

もちろん嫌いじゃないから続けているし、何だかんだあっても嫌いにはなれなかったから仕事にもしてきたんだと思うけど。

 

最近ある人にこんな話をしたら、「その感覚は理解できないかも」と言われた。

そりゃそうだろうなと自分でも思う。

 

要するに、練習も舞台も録音も私にとっては唯一最大の関心事の臨床実験の場とふんわり認識いただければ(笑)

人を緊張させる歌

歌には大きく分けて二つのタイプがあると思っている。

 

一つは、

「人の緊張を解く歌」

 

そしてもう一つは、

「人を緊張させる歌」

 

どちらのほうが良いとか正しいとかを議論するのは愚問だろう。

 

聴き手にとって心地好いほうが正しいと思えばいいと個人的には思っている。

 

プロとしてやっていきたい誰か一人の歌い手を見る時、いつも必ず目安として想像するのは

 

”この人の歌を聴いて3曲以上耐えられるだろうか”

 

ということ。

 

デビュー前の、とくに創作作業を行わない歌唱者にありがちなのは、

 

1曲だけなら耐えられる、というパターン。

 

もちろんその歌唱者の声質に惚れてしまうリスナーというのは必ずいて、

その人たちにとっては何を何曲歌おうが関係ない、という場合はある。

 

ただ、それは全体の中では相当少数だと思っておくほうがいい。

 

つまり、そこをただアテにしているうちは、長く広くプロとして活動を続けていくのは難しいということ。

 

例えば小田和正さんや徳永英明さんなど、もはやそれ自体が才能といえるような声質をお持ちの歌い手さんはいる。

 

そして彼らは二つのタイプでいえば、私は前者、つまり「人の緊張を解く歌」だと思っている。

 

人間の体は基本、ストレスを遮断したり強制削除するようにできている。

 

少しのストレスは時として前向きな手助けなることもあるが、一定の条件を超えたらそれは人体にとって有害なものとして排除しようとする。

 

記憶や感情も同じで、

悲しみや辛さというのはストレスであり、その人の耐性基準を超えた場合には忘れるという強硬手段が自動的に発動するようになっている。

 

要するに歌にもそういう要素があるだろうというのが私の仮説的見解。

 

プロとして歌を生業にするということは毎回どこへ行っても1曲、せいぜい2曲だけを歌うわけではなく、何十年という長い期間、コンサートをやれば2時間以上も歌うわけで、

 

それを果たしてどれだけの人に受け容れ続けてもらえるのか・・・?

 

そこが歌を仕事にしていけるかどうかの大きな分かれ道の要因の一つだと

実は思っていたりする。少なくとも現在は。

 

当然ながら、1曲を歌った時のインパクトはないと始まらない。

 

人が思わず耳を傾けたくなる声、歌い方というのは大きな最初のきっかけになるわけで、それがない人は技術か見た目で補うことになる。

 

「人を緊張させる歌」

 

このタイプは自分のために歌っている歌唱者に多く散見される。

 

そもそもが何らかの理由や事情あってそうなっているのだろうと自身の経験も踏まえて想像するが、このタイプの場合、いつか自分も他人もそれがしんどくなる時が来てしまう。

 

そうなった時、一番悲劇だと思うのは、歌唱者にとって歌が敵になってしまうということ。

 

だから私はその歌唱者が

 

○歌をプロとして長く仕事にしていくつもりなのか

○単純に趣味もしくはごく一時的な仕事としてとりあえずやるつもりなのか

 

それによって色々な選択肢が真逆にも変わると思っている。

 

本来、事務所やメーカーがついているなら歌唱者本人がそこまで配慮して歌に向き合う必要はないのかもしれない。

 

ただその結果がどんな状況に陥っても

最終的に自分の人生に舵を切れるのは自分自身だということを覚えていてほしい。

 

玄人評価が高く、本物だと言われてきた歌唱者が必ずしも長く歌でしっかり生活できているわけではない。

 

むしろそれが実現できている人のほうが圧倒的に少ないという現実を予めしっかり心しておくほうがいいと思う。

 

誤解されたくないので一つだけ追加しておくけれど、

 

時によって「人を緊張させる歌」も歌えるのだとしたら、それはものすごく大きな武器になる。

 

なぜなら、「人の緊張を解く歌」を歌うタイプの歌唱者は逆に「人を緊張させる歌」がそうそう簡単に体現できない傾向が高いと思っているから。

 

事あるごと語っているけれど、

 

”やれるけどやらない”

 

のと

 

”やれない”

 

のは根本的に別モノということ。

 

「人の緊張を解く歌」と「人を緊張させる歌」

 

これを最初から意識したり

自分がどちらなのか認識して歌っている歌唱者のほうが少ないと思うが、

趣味として歌い続けていくつもりがないならまずは今日から意識するべきだと思う。 

レッスンの意味

過去、機会は少ないですが

デビュー前の方々に歌うことを教える仕事を何度かお引き受けしています。

 

人数で言えば数十名でしょうか。

 

私はいわゆるボイストレーナーではないので、再三発信してきたとおり、発声をただ極めるというスタンスではありません。

 

世にたくさん出回っている発声の基礎知識とは異なる持論があったりもします。

 

基本的には関係者経由での依頼で

デビュー予備軍の表現・ボーカルマインドなど、とても分かりづらい部分の指導を中心に行うスタイルのため、

詳細についてはクローズドでやってきました。

 

それに実際に一人一人、別の人間なので、一通りの指導やケアは存在しません。

 

私も今でこそこんな持論を発信したりしてますが、

歌唱者としては完全に負け組で、

やることなすこと若い頃思い描いたような未来など一つもなく、

 

ただただ歌うことと向き合って、

自分と向き合って、

それが結果として他人や社会との向き合い方を知る道となって、

長いこと「歌い手という生き方」に彷徨い続けた人間でしかありません。

 

その中でいつの間にか自分自身が身につけていたこと、

今度こそ状況を打破しようと必死にもがいて得てきたもの、

 

指導の仕事に限らず、そういうものが、

誰かの助けになるのであれば

量産はできませんがオープンに提供していくのもいいかなと思い始めてます。

 

って言ったら、

興味ある人どれくらいいますかね・・・?

 

やさしいようでかなり厳しい指導者だとは思いますが、厳しいようでやさしいともよく言われます(笑)

 

外から見てるほど敷居は全然高くないので、気楽にメッセージやご相談頂けたら嬉しいです。

私にできること

 

やりたいことだけを

ただ ひたすら追い求めてた20年前があって、

 

やりたくないことを

とりあえず 受け容れてみた10年前があって、

 

やりたいことだけを

いつの間にか やって生きてる今があって、

 

めんどくさいとか

絶対やりたくないやとか、

 

思ってることほどやってみるほうが 実は

やりたいこともほんとは向いてることも

案外見つかったりするのかも。

 

私にできることは

私じゃない誰かが教えてくれる。

 

私にできることは、

私がやってきたすべてのことが

私じゃない誰かの言葉で教えてくれる。

 

それが「必要」ということ。

私にできる、何か。

2018

新年明けましておめでとうございます。

とても穏やかで晴れやかな元旦の朝。

 

今年はまた新たな

人のつながりや広がり、変化を楽しめそうな

そんな一年になる予感がしています。

 

2017年、実は様々なことに挑戦した一年でした。

その中で改めて実感したこともあったし、

人生で初めて学んだこともたくさんありました。

 

そうした経験が2018年以降、

多くの人々との和の中で活かされ、

夢や目標の発展に役立ってくれたらうれしいです。

 

satomi ユニットの活動も引き続き

行っていきますので、

今後も新しいお知らせにご期待ください。

 

まずはユニット名決めないとね。笑

解剖学と声の相関性

歌唱者にとって、心身のコンディションは

絶対的に重要と考えます。

 

どちらが先かというのは鶏と卵の関係と同じで、

その人によっても時期によっても変わるものですが

心のコンディションはフィジカルによって長い時間とともに

相当の影響を積み重ねるものと想像します。

 

よく、

 

「腹から声を出せ」

「筋力をつけないと」

「喉を開け」

 

などと言ったり言われたりすることがあると思いますが、

私が推奨する歌唱法の考え方では、

 

声はあくまで声帯と呼吸関連器官の円滑な連動性によって

主に生まれるものであり、腹筋も背筋も立って歩ける程度もあれば十分。

喉も無理に開こうとするのは結果的に筋緊張を助長するだけで

その行為にさほど有効性はない。

 

では、何が重要なのか?というと、

単純にどれだけ

 

”力み”がとれ、”ゆるんだ”状態

 

になれるか。

これに尽きると思っています。

 

そのために通常は整体師さんたちが勉強するような

解剖学というのを自己学習したりもします。

 

基本的に筋骨の力を優先的に上げる必要はありません。

それよりもしくみを知り、できるだけ赤ちゃんのように

力みがなくしなやかな状態にコンディションを保つ、

または、整える方法を習得することが理想です。

 

そのため骨の歪み、筋緊張など、

これらを阻害する可能性のある要因はやはり

可能な限り最大限、避ける努力をすべきだろうと考えます。

 

骨の歪みは主に長い間の生活習慣、

筋緊張においては時に精神状態によってもかなり悪化するので、

その意味でもメンタルケアというのは歌唱者にとって

とても重要なものだと思っています。

 

心身が健やかな状態を保ち、

十分にゆるんだ状態に整えられれば、

基本的には喉の緊張がほぐれ自然と開きます。

(※正確には喉だけでなく、胸も開きます)

 

言うなれば、

自分の体が丸ごと太い筒になったような状態。

 

歌うために必要な声帯の筋肉を

上手に鍛錬していくことも必要ですが、

まずはこれをベースコンディションとして

出来る限り整え、保つこと。

 

どんなに声帯の筋肉を鍛えたところで

これがなければ硬く、詰まった声しか出ません。

 

二足歩行で日常生活を送る大人にとって

簡単そうで実際にはなかなか高いハードルなのですが、

常にこういったことを意識して過ごすだけも

かなりのトレーニングになると思います。

 

歌唱者とベクトル

先日のTwitterの反響が意外に多くあり、

正直ちょっと驚きを感じています。

 

商業音楽の世界で生きる私にとって、

歌も音楽も今は職業です。

 

その立場から客観的に見たとき、

時代の正解は100%マーケットにある。

 

揺るぎない己の信念とは別に

この視点を持ち合わせていなければ

音楽を職業にすることは叶わないと断言できる。

 

先日の番組で最後に負けた彼女の歌が

どうして負けという結果になってしまったのか。

 

私が感じたこと。

 

今の彼女は

目の前にいる多くの観衆ではなく

これまで踠き苦しんできた自分の心に向かって

自分のために歌ってる。

 

でも求めてるのは

誰かの心に届いて認められる現実。

 

もし彼女がこれからも

ずっとこの矛盾に気づかずに歌い続けるなら、

彼女の歌は永遠に他人の心には

届かないままだろうと思いました。

 

昔の自分を重ね見るようで

とても居たたまれない気持ちにもなりました。

 

彼女のようなケースは

得てして歌唱力のより高い苦労人タイプに

ありがちな現象でもあります。

 

このハードルにつまづいて乗り越えられない人も

そもそも気づかないままいく人もたくさんいますが、

 

シンプルに置き換えて考えれば

私たちが日常生活の中で、たとえば大切なことを

目の前の人にちゃんと伝えるために色んな心配りが

必要なのと同じことだと思います。

 

聴衆は無意識の真実をつねにもっています。

 

だから目の前で歌っているこの人の

心のベクトルが自分に向かってるのかそうでないのか、

それが無意識であろうがなかろうが瞬時に感じ取るのです。

 

その単純なしくみを

気づくまでにどれだけ多くの時間を失ったことか。

 

だからこれから道を志す

若い歌唱者たちには早くそのことに気づける

いいきっかけを拾ってほしい。

 

それが私の願いです。

 

過去指導した人数はけっして多くないですが、

私が歌唱指導でメンタルカウンセリングの時間を

重視するのもそれが一番の理由。

 

本当に人に伝わる良い歌を歌うには

歌唱者の心のコンディションがとても重要で、

それが何より必要なケアだと自身の経験から

感じてきたからです。

 

何のために歌いたいのか?

心のベクトルがほんとうに目指す方向と揃っているか?

 

やみくもに夢を追いかける前に

まずはそれをたしかめてみてほしいと思います。

 

そこに何らかのコタエはあるはずです。

 

 

私が思うベクトルが誰かの心に向かっている歌↓

素晴らしい歌い手さんです。

左マイクの意義

何気なくテレビをつけたら、

歌唱力を競う番組を放送してました。

 

だいたいこういう番組では

声量があって高音が得意な人たちが

バラード曲を熱唱するパターンがほとんど。

 

手を挙げて勝ち上がってくるくらいなので、

テクニカルなポテンシャルは皆高いし

シンガーとしての一番の武器である”声質”は

それなりに良いものを持ってる人が多いと思います。

 

観ててよく感じるのは2つ。

 

○たいてい右マイクで歌っている

○メロディーと歌詞しか追っかけてない

 

これ、けっこう歌い手あるあるです。

 

とくに後者はカラオケで歌だけ歌ってきた子には

気づくきっかけがなかなかないと思います。

私など高校時代までバンドやってたにも関わらず、

でしたからね。

 

右マイクについては

お世話になっていた出版会社の部長さんが

このことを教えてくださって、

それまで何の意志も意図もなく右マイクで歌っていたのを

左マイクに矯正しました。

最初はけっこう気持ち悪かったです。

 

マイクの持ち手がどっちかで何か変わるなんて

思ってもみなかったのですが、

不思議と右マイクだと体が強ばるというか

力んで歌う感じになるように感じます。

歌声も堅くなる気がします。

ついでに表情までしかめっ面で苦しそうになる。

 

嘘みたいですが本当にそうなので、

歌う人は騙されたと思ってやってみるといいです。

 

ちなみに私はかれこれもうずっと

座り&スタンドマイクでやってきたので

持ち手がどっちもなかったのですが、

今年から活動を再開して久しぶりにマイクを

持って歌いたくなりつつあります。

もちろん持ち手は左手です。

 

番組で最終的に勝ち抜けた子は

左マイクでした。

 

偶然と思われるかもしれませんが、

人間の体の構造による必然だと思います。

 

マイクに限らず一つ一つに意志と意図を

もって歌うこと。

 

それがあればリズムもピッチも

別にどうでもいいし、人の心も動く。

 

ほんとの歌ってそういうもの。

中低音域の重要性

実を言うと、1〜2年ほど前から

発声関連器官のどこかに音声障害を抱えている。

原因はまだ突き止まっていない。

 

最終的に完治するかどうかも分からない。

ただ一つ、声帯の問題でないことだけは判明している。

 

トラブルを抱えてみて初めて分かったのは、

中音域の基盤の重要性。

 

これは歌を専門にしている人にしか

正直理解できないことかもしれないけれど、

歌唱の説得力を本当の意味で支えているのは

この音域なんだということを痛感した。

 

多くの聴衆も歌い手自身も

往々にして伸びやかで迫力のある高音や

透き通った声質のミドルボイス(ミックスボイス)に

分かりやすく心動かされやすい。

 

でも実はそれも含め盤石に支えるのは

安定して息と声をバランスよく最大限柔軟に

コントロールする力をもつ中低音域のコンディション

これを保持できているかが鍵になる。

※とりわけ中音域が重要だと仮説を立てている※

 

故障してみなければこんなことは

分かりようがなかったし、

聴く側にとっては声は出ているわけなので

不具合があるとはまず思われない。

 

でも実際には決定的な致命傷が潜んでいる。

それは、「説得力」というファクター。

 

これはどんなジャンル・スタイルの歌い手にとっても

地味に見えてかなり手痛過ぎるハンディだろう。

 

高音域を鍛えるのは実は比較的簡単で、

誰でもある程度は一定以上の結果にもっていける。

一方、中低音は時間も要する上に変化が自身にも他人にも

見えづらいため、モチベーションにつながりにくい。

 

これまで声帯や筋バランスにしか注視してなかったけれど、

それ以上に息とのバランスがどれだけ重要か。

それによって形成される盤石な基礎は

中低音域だということを身を以て思い知るという

貴重な経験をしている。

 

この経験を未来に還元していこう。

 

基準

何をもって「歌がうまい」とするかは人それぞれ。

 

高く安定的な技術力もってして感じる”うまい”もあれば、

技術的にはけっして”巧くない”けど惹き込まれる”うまい”もある。

 

プロならば、前者も合格点以上は身につけるべき。

でも後者は、練習だけじゃ身につかないこともある。

 

できるかできないかは、足掻いてみるしかない。

私には前者の才能はさほどない。少なくともプロの世界では。

でも後者については、どこまでいけるかなど関係なく、

死ぬまで探求しつづけていたいと思う。

 

できない、のと

やれるけどやらない、のとは違う。

 

そういうプロの歌い手でありたい。

 

温度

ヒントを探ろうと暗中模索している時、

思わぬ出逢いに遭遇することがある。

まさに一筋の光。

 

これが実戦に生きなかったとしても、

感性の栄養になるこの質感。

 

声にも音にも形はないのに、

たしかにそこにある温度を感じる。

 

時代がどんなに変わっても、

私はやっぱり人の気配を感じる音楽が

好きみたいだ。

 

ひとりごと。

ついこないだまで騒々しい蝉の声が聴こえていたのに、

 

気づいたらもう新しいコートを買おうか考えている自分がいる。

 

秋は過ごしやすいけど侘しくて、あまり好きじゃない。

 

冬は楽しいことが時に切なく感じるから嫌い。

 

大好きな夏は今年もあっという間に、もう行ってしまった。

 

来年こそは、来年こそは、と人生を季節の後回しにしない生き方。

 

寒い季節を迎える頃の私はできているだろうか。

 

I restarted.

2017年9月9日 。

皆様のおかげで、無事終わりました。

一夜明けて、本当に、本当に、ほっとしています。

 

10年近くもステージブランクを経ての再起は

私にはとても勇気の要ることで、

正直まだまだ自分の中には恐れも沢山あります。

 

でも楽しかった。

そう思って歌えたことが今回何よりの前進。

音楽の、LIVEの、醍醐味であり本来あるべき姿だと思っています。

 

Restart

 

やっとできたかな。

そんな気がしています。

 

今あるすべてのことに感謝して。

 

 

iidasatomi

Preparing

リスタートして2回目の公演まで

10日ほどになりました。

 

今回はfacebookでも少し投稿したとおり、

ドラマーさんを迎え、本当に久々のバンド編成。

記憶が定かでないですが、おそらく15年以上は

最後にバンド編成でLIVEしてから経っているのでは

ないかと思います。

 

今日は全員揃っての初めてのリハーサル。

とっても楽しみです。

 

私は基本的に歌うことと書くことしかできません。

satomi unit(仮)で私を力強く支えて下さるメンバーは

音楽の世界の大先輩ばかりなのですが、

 

「satomiちゃんが気持ちよく歌えればいいんだよ。」

 

と、こんな感覚派の私をいつも温かく見守って下さり、

本当にありがたい限りです。

 

前回は私の希望もあり、

いつどこで開催するのかさえ告知せず、

お問合せ頂いたお客様にだけ詳細をお伝えし、

ひっそりとしたリスタートになりました。

 

今回のハコはLIVEBAR。

かつての横浜時代が記憶に重なるような

そんな時間と空間になる気がします。

 

できるだけ間に合うよう、準備中。

※間に合わなかったらゴメンナサイ(笑)※

 

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<Live詳細>

2017.09.09

18:30 Open/19:00 Start 

前売 2000円/当日 2500円

 

BAR BROCK

〒166-0015 東京都 杉並区成田東5-19-5 エイワビルB1

03-6338-8185

※ご予約は店舗へお電話・FBメッセージにてお願いします※

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始まりました。

satomi unit(仮)のリハーサルが始まりました。

 

今回はドラムも入ったバンド編成です。

最後にバンド形式でliveしたのは多分15年以上前。

私にとっては、また新たな挑戦ってことになるのかな。

とにかく、楽しみです。

 

まだ今回用意する曲の選定が終わってないのですが、

ある曲の譜面を探して書類を漁っていたら、

事務所で活動していた大学生の頃に書いた曲など、

昔の資料がたくさん出てきました。懐かしい。

 

音源もなく思い出せないものも多いのですが、

中には記憶の片隅に生き残っていた作品もあり、、、

覚えてるもんですね。

内一曲はいずれliveで歌えたらと思っています。

 

今回のリハは打合せ兼ねて

ドラムの友田さんのご自宅スタジオ(Highleads)にて。

リハ後はとっても美人な奥様の美味しい手料理を戴き、車座で舌鼓♪

 

ありがとうございました!

 

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<Live詳細>

2017.09.09

18:30 Open/19:00 Start 

前売 2000円/当日 2500円

 

BAR BROCK

〒166-0015 東京都 杉並区成田東5-19-5 エイワビルB1

03-6338-8185

※ご予約は店舗へお電話・FBメッセージにてお願いします※

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脱力日

通常は自宅作業の録音がメインなのですが、

とあるレコード会社さんのプリプロ案件のため

珍しく外部のスタジオ録音に行ってきました。

 

曲数が多く、曲調もある程度散けていましたが

何とか6h程度で無事終えられました。

先方の期待にしっかり応えられているといいけど。

 

良い音源に仕上がり、私の声が作品たちの

世に出る後押しに一役買えれば嬉しいです。

 

完パケの仮歌さんのように迅速かつ確実な

パフォーマンスはできませんが、

タイプの違う様々な歌唱が求められる案件では

私の脳内音声アーカイヴがとても役に立ちます。

何でもやっておくもんですね(笑)

ま、無意識に取り込んでる場合も多いですが。

 

仮歌のご依頼も大歓迎ですが、

作詞の案件もぜひお気軽にお問合せください♪

 

instagram

始めました。

https://www.instagram.com/iidasatomi_istgrm/

 

 

実はけっこう好きなんです、写真。

twitter同様、積極的にフォローはしない主義ですが、

よかったらどうぞ。

Information

今年2回目のLiveが決定しました。

(今回はちゃんと告知します、笑)

 

お時間ゆるす方、ぜひご来場ください。

当日は2ステージ(内容未定)、

豪華ミュージシャンによるサポートにてお届けします。

 

店舗の都合上、ご来場者様が20名程度以上になると

立ち見をお願いする可能性が高いそうです。

予めご了承ください。

 

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2017年9月9日  18:30 Open/19:00 Start 

前売 2000円/当日 2500円

 

BAR BROCK

〒166-0015 東京都 杉並区成田東5-19-5 エイワビルB1

03-6338-8185

 

Vo. iidasatomi

G. 津田治彦(from 新●月Project)

B. 桜井良行 

Pr&cho 小澤亜子(ex.ZELDA 新●月Project 他)

D. 友田真吾(ex.SHISHONEN)

 

※ご予約は店舗へお電話・FBメッセージにてお願いします※

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歌う意味

良い歌を聴ける機会が少なくなって久しい。

商業シンガーは別に上手くなくても良くなくても、ある種関係ない。

矛盾を感じないと言えば嘘になるけど、どんなものでもニーズがあるか、

もしくはニーズを作り出せる背景があるならその時点で成立するもの。

少なくとも、売り出す側にとっては何らかの理由があってそうなるわけで。

 

誰か一人、何か一つだけが原因とは思わない。

振り返ってみれば自分自身も、事務所も、時代も、色んなことが

噛み合ない何かを孕んでいたタイミングだった。

それがすべての理由。

 

昔、とあるプロデューサー氏が言ってくれたことがあった。

 

「僕も長年この業界で色んな歌い手を見てきたけど、

あなたの表現力は僕の音楽人生で知る限り一番だと思う」と。

 

氏は社交辞令や世辞で物言うタイプではない。

私にそう言ったこと自体、きっともうご本人は忘れているだろうけど・・・

私にとってはずっと唯一の自信の拠り所だった。

 

良いものが認められ売れるわけではない現実を知った今でも、

腐るほど多くのプロの歌を聴いて来た方々から

賞賛の言葉を頂けることは、素直に嬉しい。

 

あれから、来年で20年経つ。

私も先輩方も、それぞれの状況と立場なりに傷つき、苦しんだ。

それぞれに紆余曲折を経て、そして今を生きてる。

 

私が歌唱者としてこの先、表舞台に立っていくことに

意味があるかどうかは正直分からない。

でも、求める声がある限り歌ってみようと思っている。

 

今はもう、あの頃と同じ歌は歌えなくても。

発声指導と歌唱指導

有名アイドル等の歌唱ケア(と敢えて呼ぶことにする)を

数多く担当されている先生の現場の様子を最近とある番組で拝見した。

 

世間にはボイトレの先生として認知されておられるからか

一部のファンなど一般の方には不評もあるようだが、

それは発声指導ではなく歌唱指導の重要性と必要性を知らないからだと思う。

 

先生がやられているのは(少なくともOAされたシーンだけを見る限り)

ジャンルやアーティストタイプとは無関係に必要な【基礎発声】ではなく、

指導対象(アイドル)としての脚色の部分とそのための即席ウォーミングアップだった。

 

実際、私が誰かを指導する時もメソッドの違いはあれど、基本的に同じ。

だからすごく同感するし、自身の手法に対する確信にもなった。

 

声楽家さんでなく、エンタテインメントを目的とする歌唱者には基本、

発声の基礎はもちろん必要だけど、最低限あれば十分だと思っている。

それよりむしろ歌唱者の色や持ち味を最大限引き出せるコツを

自ら体現できるよう導くことのほうが明らかに重要。

一般の人たちがそれを分からないのも仕方ない。

 

アーティストさんだとそれを元から自分で出来ちゃう人もいるけど、

たいていはそのケアをしてくれる専門家や指導者がいてやっと辿りつけるもの。

 

だから単なるボイトレの先生と歌唱指導の先生とは区別するのが正しいのだと思う。

中には両方できる方もいるんだろうけど、私が知る限りかなり稀かな。

私自身は両方できる人を一人も知らない。

 

ついでに言えば、

いずれのアプローチも基本的にはテクニック論であって、

真の意味での表現力とも異なる(と私は思っている)。

それはマインドであって形も正解もない分、掴みどころがないし、

自分自身の進歩や成長も実感しづらい。

 

だから初心者ほど、ついその辺が実感しやすいボイトレってやつに傾きがち。

でもそれは直接的な表現力向上につながる手段ではない。

 

但し、基礎力をより高く上げていくことが、結果として表現を押し上げる場合はある。

楽器の演奏者であればまた話は違ってくる部分もあるかなとも思う。

 

歌唱については上手い人だけが伝わる歌を歌えるか?と言えば

必ずしも当てはまらないということと、

上手さを楯にする場合、もはや殿上人レベルでもない限り今の時代、

はなから勝負にもならないということ。

 

表舞台に立つ人になりたい若い歌唱者にとって

果たしてこんなことを知る意味や必要がどれだけあるのか。

もちろん予め知っておけるならそれに越したことはない。

でも彼らにとっての本意はそこじゃないわけで、年々若くなくなるわけで、

自力で積み崩しを繰り返せば下手すりゃ10年も20年もかかる

長い道のりを腑に落ちて理解する必要など、私はまるでないと思っている。

 

ましてや本格的な歌手になりたいと思って

足を踏み入れる子など圧倒的に少ないアイドルならなおさら、

基礎力を高くするために時間を費やす無駄なボイトレなど意味がない。

それが私が最低限でいいと言っている理由。

 

アイドルでなければ多少基礎力の目標レベルは高めに設定するけど。

でも本人のポテンシャルもあるし、やっぱり可能な範囲での必要最低限でいいと思う。

 

私なんて、存在そのものが世間に知られてないから余計だけれど、

目に見える実績を積んで来た先生たちでさえ、なかなか理解されづらい仕事。

 

でもそれは誰より自身が歌い手として失敗したり、

堂々巡りしたりしてきたからこそ、できることなんだと思う。

己と向き合う

自分との対話。

普通は自らを鼓舞するためとか、

もっとアグレッシヴに向かわせるためとか、

そういうのが多いんだろうけど。

 

子どもの頃から一人黙々と考えるのが好きで、

人や物事にいつも心の中で問いかけてる

そんな少女だった。

昔から独り言が多めなのもきっとそのせい(笑)

 

考えることが好きなのはいいけど、

考え過ぎてそのうち色んなことが苦しくなって、

自分が苦しくなって、

長いこと夢の中をさまよっていた。

 

そんな過去の自分を

遠くから眺ている自分がいる。

 

がむしゃらが過ぎた長い時間の副作用。

 

少しゆっくりしなよ。

時がそう言ってるみたいに。

 

思い出すのはdeath valleyの空と風。

音さえない、無の世界。

焼けるほど熱いひび割れた砂漠に寝そべり、

異国の空を眺めてた。

 

今はしばし、おやすみ。

また次の季節が巡りくることを知りながら。

escape

何度報道されてもまた起きる、

いじめを苦にした少年少女の自殺問題。

 

いかなる背景があったにせよ、

大前提としていじめた側に責任はある。

教師を含めた大人の対応の問題もある。

 

でも、一番はまだ未熟で視野の狭い

10代前半の少年少女に

 

「学校が世界のすべてじゃない」

 

ということを愛をもって

周りの大人が教えてあげること。

 

学校でならう程度の勉強なんて家でもできる。

友達だって外の地域に飛び出せば見つかる。

それまで悩み苦しんでた昨日までの自分の日々が

何だったんだろうと思うくらい、

世界は簡単に変わるもの。

 

ふるさとで過ごした私の10代は

とても生きづらい時間だった。

 

今でも本当に救われたと思うのは、

同級生との軋轢が行き過ぎた中2の三学期、

両親が私にこう言ってくれたこと。

 

「学校なんか行かなくていい」

 

振り返れば、先生方も色々と状況を配慮し、

協力してくださった。

だから私はラッキーだったと思う。

 

いじめ問題は必ずしも私のケースのように

学校側の配慮や協力を得られない場合も多い。

だから家族だけが唯一の味方になる。

 

その家族に「頑張って学校に行け」と

言われることはまだ視野の狭い子どもにとって

「死ね」と言われてるのと同じなんだ。

 

卒業式の後、彼女たちは私に謝りに来た。

そしてこう言った。

 

「もう本当はやめたかった。

でも他の子の手前、やめられなかった」

 

と。

 

受けた心の傷は一生消えないだろうけど、

今いる環境じゃなくても人生は続けられる。

生きることは楽じゃないことのほうが多い。

でも時々ね、うんと嬉しいことや幸せだと

思えることに出逢えたりもする素敵なものだ。

 

それを知らないで死ぬなんて、

もったいないよ。

 

だから、いじめに苦しむ子を持つ親には

 

「学校が世界のすべてじゃない」

 

ということを愛をもって教えてあげてほしい、

いつもこういう報道を目にするたび、

心痛めながら思っている。

 

音と記憶

シンガーソングライター活動を事実上休止する前、

よくサポートお願いしていたギタリストの清水英之くん。

 

ある時期から「自分の音楽に専念したくて」と言ってた。

私は私でその後、制作が忙しくなり彼の演奏と存在を

忘れてたわけじゃないけど、どこか遠い記憶になりかけてた。

 

彼のギターにはまごころがある。人間性そのもの。

薔薇のような煌びやかさとはおおよそ真逆に生きる人だけど、

たしかで安定的なスキルに支えられた優しくて繊細で

自由奔放な私の歌をそっと見守っててくれるような音色が

とっても好きだったし、本当に信頼できる演奏家さんだったなあ。

 

すっかり音信も途絶えてしまっていたけれど、

どうやら「自分の音楽」を貫いて、立派に活動しているみたい。

ちょっぴり男っぽく骨っぽく、イイお兄さんになったかな。

でも伝わってくる彼の人柄はあの頃のまま。

 

ちょっと嬉しくなった。

time goes on

たとえば今日初めて出逢った誰かにとって、

自分という人間は「今、ここにある自分」だということ。

 

時はつねに流れていく。

 

どこをどう歩いて来たか、どう生きて来たか、

いくつもの言葉を並べ、語ることにあまり意味はない。

 

たった一つ。今、どう生きているか。

自分にとって作品とは、いつもそういうもの。

message

向いてないわけじゃないのに

思うようにうまくいかないのは

やり方が微妙にズレてるんだと思う。

 

やりたいことだと信じてることが

何年もやってるのにうまくいかなくて

葛藤や疑問で苦しくなるのは

そのまま進まないほうがいいよという

人生からのメッセージ。

 

一度立ち止まって、客観的に見てみるといい。

これがいいと思ってるこのプランが

本当にこれでいいのかどうか。

 

自分や、今現在自分の身の周りにいる人では

気づかない盲点がきっとある。

 

向こう側から自分を時々見てみること。

モヤモヤする気持ちは今がそのタイミングと

教えてくれているんだよ。

お知らせ

ものすごく久しぶりに

liveで歌う機会を頂くことになりました。

 

今、色々と準備を進めています。

 

私の意向で

誠に勝手ながら日時・場所等は公開しません。

 

知りたいという方、ご連絡下さい。

ご案内させて頂きます。

 

自分の制作も久しぶり。

liveも作品も、今の私を伝えられるものに

なればいいなと思っています。

 

Time Line

不思議なもんで何かが動き出す時というのは

自分だけじゃなく、誰かのTime Lineも

ある線上からシンクロしていたりする

そして別々の場所で同じ弧を描いていたものが

ふたたび重なった瞬間、重力になる

化学反応なんて大それて洒落たもんでもない

ただ、ぐるぐると時の上を歩いてきただけ

ときに己の意志で、ときに流れにまかせて

 

その先にあたらしい世界はあるか

いつだってその目が気づけば世界はあたらしい

 

あの日の記憶

悲しみは薄れゆくもの。

そうしないと、人間は生きていけないから。

 

でも、あの日の記憶を忘れる人はいない。

大切なものを失い、大切なものを思い出し、

人間の愚かさと無力さを思い知った。

 

時は無情にも進みつづける。

 

「さあ、顔を上げるんだ。

前を見て、そして歩き出せ。」

 

まるでそう

私たちに語りかけるように。

 

歌い手としてのスタンス

長いこと、シンガーソングライターとしての

活動をお休みしてました。

結果的にそうなっただけで、お休みするつもりは

全然なかったんですが。笑

 

来年(できれば)、とある場所から

活動を再開しようと思っています。

先日、そのとある場所へ現場視察のため

うかがってきました。

 

そこはイメージしていたとおりの空間で、

遠くない未来訪れるその時を想像してワクワクする

というより、しっくり来過ぎて逆に現実味ないくらい。

 

呼び寄せられるようにして出逢った場所ですが、

やはりちゃんと意味があったんだなあと、

そんな感じがしてます。

 

時期はまだ具体的には決めてません。

心ある店主のご厚意で、すべては私のペース次第、

来年でも再来年でもお待ちしてます、と

言っていただき、ちゃっかりそのお言葉に甘えて

気持ちも含め納得いくだけ準備の見通しが

ついたら決めたいと思っています。

 

早ければ桜が満開の時期を少し過ぎたころ。

そこに間に合わなければ、なるように。

 

長くいろいろな道をたどって音楽の世界に

関わって来て、ようやくわかり始めた気がしている

歌い手としてのスタンス。

 

それは、

 

”売れる、より届く歌”

 

でありたいということ。

シンガーソングライターとしては、ね。

 

売れるものを作ることに興味がなくなった

というわけじゃなく、あくまで私の中に

対称的な2つのスタンスがあるというだけ。

 

それが長い月日の流れの中で、

少しずつ変わりゆき、たどりついた今のすべて。

 

ゆっくり、ゆっくり、

たしかに届けていけたら、しあわせ。

 

Output

 

先月、年明けぶりに里帰りしてきました。

出発当日、実家方面は台風の影響でほぼ全線運休か見合せ、

その情報をなんと新幹線降車直前に知るというアクシデント(苦笑)

 

右往左往ありましたが、結局その日の夜は

実家には帰り着けず、出先で急きょホテル泊となりました。

翌日も台風がまだ停滞しているということで、

 

殆どろくに睡眠もとれてない状態でしたが早朝にホテルを出発。

もと来た路線を戻り、地元へ向かう在来線を目指す旅となりました。

 

移動の車中からぼんやりと、

いつもの東京とは違う風景を眺めながら、

もうこの何年も、平常、J-POPやアイドルグループの楽曲制作に

携わる生活を続ける中で、基本的に一様化した行動パターンを

ずっと続けて生きていたことに、ふと気づかされました。

 

自分自身がそろそろまた変化を求める時期に

入って来ていること自体は強く感じていたけれど、

そこから何かを新たに生み出す動機がなかなか見いだせず、

本能の中枢だけで発進しようとしていたように感じました。

 

一歩踏み出すには蓄積された大きなエネルギーが必要。

自分の中から生まれるエネルギーでまかなえる場合もあるけど、

クリエイティブに関わる人にとって、その多くは自分の目や耳、肌で

見たり聴いたり感じた新しい刺激によるものが大半なのではないかと思います。

 

その刺激というのを何かの作品、たとえば映画とか、書籍とか、

他のアーティストや作家の楽曲の中に見いだされる場合もあるけど、

それは結果的にマーケットリサーチに過ぎない場合も多い。

もちろんいいインスピレーションを得ることも稀にあるけどね。

 

当然ながら、商業音楽を作る上では、

毎度刺激がなければ生み出せないのもそれはそれで問題で、

常に一定の生産能力を保持している必要があります。

 

ただ、とはいえ人が行うことなので、

やはりある程度定期的なメンテナンスがないと、

そのうちエネルギーが不足し始め、やがては止まってしまう。

 

それは油を注すと自転車が快適に走れるのと同じことで、

自転車本体をカスタマイズしたり、何年かに一度は買い替えたり、

そもそも「どういう自転車を運転するのか?」も根本的な

重要課題ではあるのだけど、今乗ってるこの自転車をより快活かつ

最大限走らせるためには、時々油を注してあげることが必要ということ。

つまり、Outputのエネルギーサイクル。

 

それで、道中の私の脳内に何が起こったかというと、

所要時間約10分で新しく丸1作、宿題の歌詞のメインパートが2作分。

それだけ多くの刺激がこのアクシデントによってもたらされた、

ということだと文字通り、痛感したわけですね。

 

あまりにも予定の立たない展開はけっこうストレスフルなので、

そうそうあってくれても困るけれど、もし数値化できるならば、

これに近いような値の新たな外的刺激を受けることで自転車に油が注がれ、

アウトプットが加速するということ、なんだなと。

そんなことをつらつらと思いながら故郷に帰り着きました。

 

今回は初日も一応含めると一週間以上の滞在。

特に体調面も問題なく、もちろんちょいちょい仕事はしながらも、

基本的には実家で只々のんびり過ごした時間となりました。

 

一つだけ、ある衝撃的な発見がありまして、

それは追々時間をかけて解決していこうと思ってますが、

それも含めて、いろんな動機が生まれた旅になったと思います。

 

そして、気づけば2016年も残り3ヶ月を切りました。

昨年の今ごろと比べるとずいぶん人間らしい日々を送ってます。

 

ようやく色々な準備に取り組める状態になったので、

最近はずっとご無沙汰だった各方面の皆さまに久しぶりのご連絡を

させて頂いたりして、それぞれにまた止まったままの時計が

動き始めたりもしているところです。

 

予定の可能性はあれこれありますが、年内はもっぱら慣らし運転。

当面はリハビリも必要なので、少しずつギアを変えていけたらと(笑)

 

着実に進んでいますので、気長にお待ちくださいませ。

 

Identity

以前、人格分析というのをやったことがある。

たくさん質問事項があって直感的に回答を選択していき、

合計数で4つほどのタイプに分類されるという感じのもの。

でもその時私は自分で選択せず、私をよく知ってる仲間に

私ならどうしそうかを想像してすべて選択してもらった。

 

その結果、なんとすべてがほぼ同一で平均範囲に

きれいに収まるという、稀な結果が出た。

 

とても興味深いと思った。

本来、人にはそれぞれ趣向や性格的傾向があるはずで、

私はもともと極端にその要素は強いタイプだったから。

 

逆に言えば、長い時間の中で自己補正していき、少なくとも表面上は

印象も含む私の人格の一部として定着しているということか、と。

ちなみに、こういう全体に均一な人は珍しいんだそうだ。

ある意味人間らしくないとも言えるのかもしれない。

 

あまり気にしていなかったけれど、

今の私の中には概ね対局に位置する”ある種の人格”が

共存しているように感じる。

どちらも私であって、どちらも必要なもの。

どちらかだけでは生きていけないバランスで成立してる感覚。

それがそのまま分析結果に出てるように思った。

 

アイデンティティーとは、主に自己同一性と訳される。

自己補正することで形成されていった「もう一つの人格」が

現在の私の大部分を支えているけど、それが自分自身の本来の姿か

というと、そうではない。

どこかでこの状態を無視して生きている自分が常にいて、

それがいつの間にか当たり前のことになった。

何なら後から形成された「もう一つの人格」が私自身だと

思ってさえいたくらいの時期も長い。

 

今でも特に苦痛はないけれど、違和感がないかと言われると

素直にうんとは言えない。

なぜなら私を支えてきた「もう一人の私」は、本来の私を

守るために必要にせまられある意味、私自身が意図的に

造り出したものだから。

例えるなら全く好みじゃなかった服を纏っている感じ。

 

それも一つの自己同一性と呼べるなら、

きっとこれが今の私のアイデンティティーなんだろう。

いつか、歩き出す。

動き出したその先に、何があるのか

今はまだ分からない。

そもそも、何かあることを望んでもいない。

ただ私が行きたい方へ。

 

準備はもう始まった。日付はまだ決まっていない。

いつか、歩き出す。

その一歩がそう遠くない未来にあることだけは

約束したいと思います。

 

もう少しだけ、待っててね。

 

歌いたいことがたくさんあるんだ。

人の心というのは不思議なものだ。

もうこれ以上ないと思うほど、歌うことで自分と向き合ってきたのに、

それでもまだ感情の変遷は芽生えるのだなと。

これが歳月の力、というやつなのだろう。

 

今年の春、ひょんなきっかけで久々に自分の作品を聴いた。

完成したものはもちろん、制作段階のものや形にしてないものも。

もう10年以上聴いてなかっただろうか。

 

そこにあったのは、”今、ここにある、私”の目と心で見る

あの頃の情感が織りなす風景。

爆発しそうなほどの気持ちを歌に解放したくて、生き急ぐように

そのコタエをいつまでも自分の中に探し求めていた。

 

今の私は言う、「売れない歌ばっかり歌ってたな。」

そしてあの清々しいまでの無鉄砲さが今となってはどこか愛しく、

思わず笑い泣く。紛れもなく長い時間が過ぎていた。

 

もう一度、自分のために歌ってみようと思う。

でも今度は向き合うためじゃなく、寄り添うために。

 

だから今、歌いたいことがたくさんある。

私の中で、たしかな何かが動き始めた気がしている。

人生は思うようにいかないもの。

いつ頃からか自然とそう思うようになった。

 

けっして後ろ向きな発想だけでそう思うのではなく、

何かを追いかけて生きていると、たった一つの前進が

とてもつもなく大きな未来につながっているかのような

ある種の幻想を抱きがちだったり、その結果、

自分勝手に想像してた「今」と食い違って必要以上に

人生に敗北感を覚えたり、卑屈な劣等感を増幅させたり・・・

 

自分のことなのに自分のものでないような”制御不能感”と

これ以上できるだけ戦いたくない、ある時ふとそう思ったのが

最初のきっかけだったような気がする。

 

それで、人生というものを逆に捉えるようにしてみた。

私が何かに向き合って、挫折を味わう時は必ず、

この世界は私が思う、想像する結果に向かって進んでいる、

そう心のどこかで過信していなかったか?

 

そうなる根拠はどこにもないのに、何故か無意識に

自分にとって最も都合のいい一つの結果だけを期待してる、

よくよく考えたら、いつも自分はそうだったことに気づいた。

 

「この賞を獲ったら・・・」

「この番組に出られたら・・・」

「このプロダクションに入れたら・・・」

「このレコード会社と契約できたら・・・」

「このCDが出せたら・・・」

 

もっと純粋に夢を追いかけ続けられたら、

本当はいいのかもしれない。そう思うときもある。

 

大概こういうことを思う時は、かつての自分の姿を

想い重ねてしまうような夢追う若者を見る時がほとんど。

今はもう私も人生そこそこ生きてそんな立場でもないけれど、

好きなことで食べてるという意味ではベクトルはある種、

真逆の道に方向転換したというわけではないのかもしれない。

 

一つ新しい経験が増える度、舞い上がるような気持ちに

なるのもよく理解る。これが続いていったら、

ほんとに私が想像してた景色が待ち受けてるかも・・・!

そう思いたくなる気持ちも痛いほどよく理解る。

 

実際にスターダムに乗って一見順風満帆にそんな道を

突き進んでいる人たちもたしかに、いる。

でもそこには外の他人に見えてないことも実際には

沢山あったりもするわけで。

 

何か一定の条件が揃っていたからといって、

けっして思うようにいかないのが人生。

逆に思いも寄らぬことが降ってくることも稀にあるけど。

それは神様からのギフトと思って期待しないのが身のため。

 

ただでさえ人生はそう思うようにいかないのに、

芸能なんて仕事はその最たる世界かもしれないと思ってしまう。

関われば関わるほど、そう感じる。

きっとそれは私自身の関わり方や立場が歳月とともに

変わってきたから、なおさらなんだろう。

 

以前とあるプロデューサー氏からあずかって指導していた

教え子がつい最近、メジャーデビューしたという知らせを

偶然に目にした。あれから10年以上かかった。

 

きっと当時の本人もこんな未来を想像だにしてなかったはず。

色々あったろうけど地道に歌い続けたことだけは事実だろうし、

その一つの結果としてきちんとしたレコード会社から作品を

出せたこと、本当に良かったなと思ったし、この先何があっても

地に足つけて歌っていってほしいと思う。

 

人生が必ずしも思うようにいかないことを知って、

いつの間にか自分の中に出来上がった執着を捨てる潔さを

持つことができたら、ほんの少し人生は生きやすくなる。

そんな気がしている。

 

仮歌というきっかけ

ここ7〜8年以上、表舞台での仕事はしていません。

というより、それ以外の制作や身辺状況のために

とても集中して舞台に立つ余裕はなかった、

というのが本当のところ。

 

ずっと裏方の制作に携わっていて、その間色んな形で

色んな裾野を広げる経験をしてこられたかなと思います。

 

幼い頃から歌うことを日常に生きてきた私にとって、

歌とは自己表現の最大の手段と思っていたのですが、

そうではない歌の在り方、価値というものを教えてくれたのが

仮歌というヴォーカルジャンルかなと思っています。

 

細かく数えてないですが、今日に至るまで多分300〜400以上は

やってきたと思います。もしかしたらもう少しあるかもしれないけど。

 

アーティストとして活動している時には似ても似つかないような

ジャンルの歌を主に歌います。

時々アニメ系でロックっぽいのとかあると、ちょっと懐かしい気持ちで

昔の感覚を思い出しながら歌う機会もありますけどね(笑)

 

歌唱指導も仮歌も、共通しているのは

それらの仕事に取り組むことで自分でも気づいていなかった

「自らの手の内」を結果的に知ることができる、ということ。

これが私にとっての一番の醍醐味です。

 

知らぬ間に身につけていた、自分の武器というか。

それを探求することがどこかでちょっと楽しくなってた自分がいて、

たとえばアイドル楽曲を歌うのに、元々声質もヴォーカルスタイルも

合わないタイプの自分が、どこまで商品として通用できる歌唱を

完成させられるか(もちろん完全なる完成はないにせよ)、

そんな感覚にいつ頃からかなっていったような気がします。

 

もしかしたら仮歌をきっかけに何かチャンスがあるかも?

と思っている人もいるかもしれないですが、ものすごく遠回りな道か

ほぼそんな展開はないと思った方がいいです。

 

なんでかっていうと、仮歌に求められているのは歌のアイデンティティーではなく、

もうすでに歌う人は決まっていて、その人や企画に合うイイ曲を探してて、

それを最大限イメージできるようにするための歌が仮歌の存在意義だから。

結局のとこ、それ以外の何ものでもありません。

 

もし本当にシンガーとしてデビューしてやっていきたいのなら、

きちんとサポートしてもらえそうなプロダクションかメーカー(レコード会社)の

オーディションを受けるのが身のためだと思います。

 

少し話が脱線しましたが、そんなこんなで、

アイドルだの、J-POPだの、以前は殆ど歌ったこともないような

ジャンルの楽曲をたくさん歌う機会ができ、それによって実は大昔TVで観てた

聖子ちゃんや明菜ちゃん、同級生が聴いてた光GENJIなんかもそうだし、

自分が何となく耳にしたり、目にしたりしていたものが思っていた以上に

感覚の奥深くにアーカイヴされていて、長いアーティスト活動の中で

培ってきたものによってそれらを再現できるように、いつの間にか

なっていたことに気づきました。

 

自分の歌だけ、自分が歌いたいと思う作品だけなら、

その発見はきっとなかったんじゃないかなと思うんですね。

そういう意味で、特別なきっかけを与えてもらったのかなと思ってます。

 

仮歌は正直、難しいです。

そもそも、私の声質は比較的に仮歌向きでない、

というのも、仮歌には声の個性がジャマになるんです。

アーティストには一番必要なものだけど、仮歌には不要なもの。

 

それにロボットみたいに正確な歌唱スキルもないし。

 10人中8〜9以上が心地よく耳障りよく聴ける声が理想です。

 

歌唱力は一定以上絶対に必要だけど、いわゆる一般的な

歌姫的なものというよりは、正確かつ自在にピッチやリズム、

抑揚などをコントロールできるスキルのほうが重要。

最近は補正機材も優秀なものがたくさんあるので、補正できる範囲内

であれば少々のことは大目に見てもらえるかもですが(笑)

 

時にはその楽曲のもつメロディーや言葉を乗せた時の

微妙なニュアンスの良さを作曲家以上に汲み取って体現することも必要。

たくさん仮歌を依頼される人というのは、歌入れがはやいとか、

フットワークが軽いとか、バリエーションが比較的豊富とか、

そういう基本的なことはもちろんですが、多分そういうプラスαをしっかり

もってるからじゃないかなと。そりゃ重宝もされるわけですよね。

 

先日のテイクは自分でもかなり納得いくものが出せました。

仕事上、参考のためにAKBさんや乃木坂さん等の楽曲を耳にすることも多いのですが、

私の場合は無意識に彼女たちの声の成分を分析して脳内ストックしてる傾向が

どうやら高いようで。自分ではまったく意識してないことなので、

ブースに入って流しで歌ってる途中で急に発声イメージが出現してびっくりします。

厳密にいうと、分析してその発声イメージをアウトプットする直前の状態で

アーカイヴしてってるんでしょうね。

 

完全に職業病ですな。

 

歌い手とニーズ

歌い手とは、何なんだろう。

幾度となく心に投げかけて来た疑問。

 

そして歌を生業とするということとは、

そのために必要なこととは、

一体何なんだろう。

 

多分その答えに万能の方程式はなくて、

歌い人としての人生が差し出す

いくつかのヒントの調合、そしてタイミングとバランス。

 

一つだけ言えるのは、最後の最後はやっぱり

ただの物売りでは通用しない道、ということ。

但し、大前提として商業音楽にたずさわるなら、

ビジネスであることを忘れてはいけない。

 

同じ歌い手と言っても、フィールドは種々様々。

歌=ボイトレ、リズムやピッチなどの技術の向上、

みたいに想像する人は多いけれど、それらはあくまで基礎であり、

より良い歌を歌えるようにするための一要素に過ぎない。

30年歌ってきて、改めてそう思うのです。

 

目指すボーカルジャンルが何なのかによって、

重要視すべきものや配分も異なります。

 

以前アイドルの歌唱指導をしたこともあるけれど、

私はこの手のコンテンツについては、いわゆる”本格的”歌唱は

今の時代、必要ないと思っていて(もちろんそれ以上あったに越したことはない。

但し、それは本人の志向と個人的な努力でまかなえばいい領域)、

発声や技術は最低限の合格点でいいし、最優先でなくてもいい主義。

これについては人によって意見は様々でしょうけれど、

あくまで売れるモノをつくるための概念として私が思うことであり、

他者と論争するつもりはありません。

 

アーティストならより高い技術力はあったほうがいいでしょう。

でもなくても成立するパターンはある。それは才能ととりまき次第。

アイドルを代表とする「KAWAIIカルチャー」はあくまで「カワイイ」ことが

第一義なのであり、それを裏支えするための表現力は必要かつ重要。

これが実は今のアイドルさんたちの全員とは言わないけれど、

大半に欠落あるいは不足してるのでは?と個人的には感じています。

ただ、多分それが今の業界的スタンダードなんですね。

良いか悪いかは別として。

 

だから、「昔は良かった」論に傾倒するつもりはないです。

時代は移ろいゆくものであり、文学作品だってその捉え方は時間とともに

人々の心のフィルターを通じて、作者の意図したそれとは形を変えていく場合もある。

何かに対して常に唯一の解釈が存在するわけではなく、私自身だって

20年前、10年前、現時点、あるいは10年後にはまた変わることもあると思います。

でも、今ここにある(その当時あった)実体だけは誰にも否定できない。

 

昨日、長時間の音楽番組でイルカさんの『なごり雪』を聴きました。

その他にもアイドルとして一世風靡した何人かの先輩方も出演されてました。

数日前には別の番組で天童よしみさんがアイドルと一緒にカバー曲を歌っておられて、

その時、事前VTRで流れていたのは人気絶頂期の山口百恵さんの生歌唱。

 

それぞれ同じ歌い手でも立場の違う方々だけれど、

それぞれの歌やパフォーマンスに「その人が演じる」確固たる意味のようなものが

存在しているような気がしました。

思わず思った、

 

「歌はやっぱりこうあるべき・・・」

 

これだけ多くの情報にあふれた時代だからこそなんだろうか。

それを指導できない、作り上げられない制作・運営サイドの責任でもある。

 

私が昔所属していた事務所は弱小音楽プロダクションだったけど、

本物志向が基本方針だったことで、時代に関わらず一流と呼ばれる創作に

触れる機会をたくさん与えてもらえたと思ってます。

色々あったけど、それだけは本当に感謝してます。 

当時、歌唱指導して頂いた先輩も、さぞかし歯がゆい思いされたのかな。

その頃にはさっぱり理解できなかったことも今なら分かる。

その上であの頃の自分に対して思うことも色々あります。

 

人生に責任とる決断も選択も、

できるのは世界でただ一人、自分だけ。

 

自分がどんな歌い手になりたいのか

それが自分に本当に向いてるフィールドなのか

今いる場所は自分が叶えたいことを本当に実現できる環境なのか

 

ドロップアウトすると決めるまでは、

つねに客観的にこれを自分の内側と向き合い、問いかけ続けること。

 

長いこと関わって来た世界だけど、

つくづく特殊な世界、特殊な商売であることを思い知らされます。

 

歌い手の道に

万能の方程式なんて、存在しない。

あれから25年

昔、横浜スタジアムで開催されるコンテストで歌ったんです。

当時のバンドでね。女の子4人のロックバンド。

 

私は中学生になる前から将来歌手になりたくて、

高校を卒業したら絶対に東京に行くと心に決めてました。

何でもいいからチャンスが欲しくて、レコード会社のオーディションに

単体で申し込んでみたりもしたっけな。

 

業界の知り合いもなく、何の知恵もない高校生の私にはきっと

自分の未来ごと懸けるくらいの想いだったと思います。

最終まで残れたおかげで、あんな大きな舞台に立って歌えたこと、

今振返っても本当にすごいことだったな、と。

 

少女時代の私が夢見てた形とは違うけれど、音楽の世界で生きてる今だからこそ、

尚更そう感じるのかもしれないです。

 

本当に色々なことがあった。

そして、まだまだ道の途中。

 

何年かお休みしたこともあったけど、

なにはともあれ来年で、あれから25年。

ずいぶん長い時間が経ったもんだ。

 

当時の仲間たちの大半はどこで何してるかも分からないけど、

中には国内にとどまらず大活躍してる子もいたりして、

自分のことでもないのに勝手にとても誇らしく思ってる。

 

私自身は変わったことのほうが多いかもしれないけど、

どんな立場や角度から音楽に関わり、歌おうとも

いつも「いい歌を歌いたい」その気持ちだけはずっと、

同じだったような気がしてます。

 

たぶん、それが表現者としての私の原点であり、

アイデンティティーなんでしょうね、

 

もう一巡して、改めてそんなこと想うこの頃。

 

そして、なんだかんだあってもやり続けられる、

たった一つの我が才能に、感謝しています。 

久しぶりの創作

ここ数ヶ月、いや半年くらいかな。

仕事の合間に書いていた曲が、やっと書き上がりました。

数日で大半はできてしまってたのに、こんなにも時間がかかったのは

どうしてもどうしてもしっくり来ない最後の一語のため。

イメージと辞書、書いては消し書いては消しの繰り返しを続けること3日。

ようやく見つけた・・・それ一つだけ切り取ればただのありふれた単語なんだけど。

 

実はもともと仕事用に書き始めた作品でしたが、

必要なくなりそうなので、自分で歌おうと思います(笑)

今年は久々にどっかで歌う機会をつくるつもり。

ブランクがかなりあるので、お家みたいにくつろげる空間だといいな。

 

その時にこの作品もお披露目できるかと。

楽しみです。

故郷にて

年が明けて、少しばかりお正月ムードも過ぎ去ったころ

久しぶりに故郷あやべに帰ってきました。

 

仕事がどうにも終わらず、出発の予定を一日延長して、

半ば無理くりの里帰り。

 

年末からずっと体調を崩したままで、

せっかくの里帰りだけど、基本は実家で終日過ごし、

フォローが必要な最低限の仕事を片づけてます。

 

こんなに長く体調不良が続くことは滅多にないんだけど、

この1〜2ヶ月は殆ど休みなしで相当な仕事量をこなしてたと思うので、

まあ、背景はさておき当然の結果ですね(苦笑)

 

でも両親の元気な姿を直接見ることができた安心感と、

必要以上の面倒を回避できる恩恵はあるかなと思ってみたり。

 

忙しいのはありがたいことかもしれないけれど、

いろんな意味で区切りの年にしていくことが必要かなと感じてます。

もうしばらくゆっくり考える時間がほしいなと思いつつも、

明日には東京へ戻ります。

 

ほんの気持ちだけ、命の洗濯できました。

願わくば、また同じ季節が来る前には帰ってきたいね。

胸をしめつける

誰でも、人生の一時期をふいに思い出させる歌や声がある。

 

好きで飽きるほど聴いたり、歌ったりした曲は他にもたくさんあるのに、

20年近く経った今も、胸をしめつけるように切なく、あの頃の気持ちだけ

不思議とフラッシュバックして、理由もなく突然涙があふれる。

 

特定の場面や出来事にリンクすることもない、長い時間が経った今では

もうとっくに消え去ったようにさえ感じている心の奥の癒えない傷あとなのだろうか。

 

懐かしいという言葉ではない、自分の中の何か。

もしこれから先、それを二度と思い出すことができないとしても、

たぶん、私にとってあの頃のすべてが今日(いま)につながる意味をもっていたことだけは

間違いないと思っている。

 

歌い続けるということ

歌い始めて、かれこれ30年も経つ。

意識して歌い始めてからでそれだから、

物心つく前も含めればもっとってことになる。

ずいぶん長い時間が経ったもんだな。

 

歌を教える立場に初めてなってからは、

かれこれ10年ほど。

たくさんの希望の卵たちの中から、いつの日か

いい歌い手が育ってくれたら、うれしい。

 

歌うことは簡単だけど、難しい。

難しいけど、簡単。

同じ人でもそれは時によって、心身の状態によって

つねに変わりゆくもの。

歌に関われば関わるほど改めてそう感じる。

 

こんなにも長く歌い続けているけど、

正直、何で歌だったのか、ほんとの答えは

今も見つかってない。一生分からないままなのかも。

別にそれでもいいんだと思う。

 

今分かってることは、

とりあえず歌ってきてよかったなってことと、

それでこれからも何だかんだずっと歌うんだろうねってことかな。


この頃そう思う瞬間が、少し多くなった気がする。

これって、けっこうシアワセなんじゃないか。


死ぬほど歌いたかった頃も、死ぬほど歌が辛かった頃も、

ぜんぶが今の私と歌。


続けるって、きっとそういうこと。

出会い

ものすごく久しぶりの更新。

気づいたら最後に書いてから3年も経ってました。

 

もう何年もステージに立って歌う活動はお休み状態が続いていて、

実際のところ、シンガーソングライターiidasatomiとして

活動する時間を捻出するには忙し過ぎた、というのが一番の理由です。


でも音楽のお仕事はずっとしています。

ここ最近はようやくペースも落ち着いてきたけれど、

この数年間、昔よりよっぽど歌ってたと思います。

だからちょっとは上手くなったかもね(笑)

もしかしたら、間接的に私の声や作品がみなさんのもとにも

届いているかもしれません。


現在自分自身は商業音楽のフィールドにいますが、

一人の歌い手としてのアイデンティティーやマインドを失ったつもりはありません。

ただ、歌や音楽に対して良くも悪くも客観的な捉え方をすることが

多くなったのだけは否定できない事実です。職業病ってやつだね。


そんな中、最近とても素敵だなと思う歌い手さんとの出会いがありました。

ちょっと自分自身の本来の歌と似てる気がするというか、、、

純粋に本物の歌を表現し、伝える力のある人だ思います。

そんなふうに感じる人に出会ったことは、昔の事務所の先輩方とか、

ごく限られた人を除いてあまりないんだけど、いい歌を歌うなあって、

素直にそう思います。本来、歌は、 音楽は、こうあるべきだと。


時代が変化を遂げて、それによって若い世代の新しい感覚が

ちょっとおもしろいねと感じることもある。

とうてい私らの世代じゃこの感覚の表現は成し得ないなあとか。

 

でも、やっぱりどれだけ時代が巡って、時が移り変わっても、

たとえそんな世界の中でだんだんと色褪せてしまうものだとしても、

人の心をふるわせる「変わらない何か」はきっと存在するのだと思う。

変わって行く自分の中でさえも。

 


遠藤雅美  http://www.masamiendo.com

「涙」  https://www.youtube.com/watch?v=drRhNM7gijs

 

ふるさと、正月、父と母。

この年末年始は私の記憶が正しければ
3年ぶりにふるさと あやべで過ごす久々の
正月休暇でした。

 

昨年11月上旬に帰省自体はしていたので、
両親と会うのは約二ヶ月ぶり。
前回は二人と会ってなかった時間の長さを
痛感させられたんだけども、今回はさすがに
そんな感じはなく、二人とも変わらず元気で
過ごしてくれていて安心しました。

 

母が暮れから喉を悪くして、声帯が開いた
ままの状態のために声が殆ど出ない状態
だったので、このタイミングに帰れたのは
とてもよかったと思っています。

 

お医者さま曰く風邪症状の一つらしいけど、
私はおそらく軽い風邪はきっかけに過ぎない
と踏んでます。蓄積した疲労やストレスが
原因で起こる声帯の炎症だろうと。
私も以前一度、急性上気道炎を経験してる
のでね・・・

 

私の滞在中に完治できればよかったけれど、
残念ながらほんの少し声が出るようになった
程度でした。でもまぁあと一週間~10日ほど
すればかなり回復してくると思うので、母には
できるだけ無理をせずに日々を過ごしてもらい
たいところです。

 

これまで、私は親元から遠く離れた東京で
ずっと心配ばかりかけてきて、孝行という孝行
が殆どできてません。もし何かあったとしても
横浜の鉄板焼きのレストランに二人を食事に
連れて行ったことくらいかな。
でも彼らにかけてきた心配を考えるとそんなの
一瞬で相殺されてしまうくらいのもんだから、
できるかぎり孝行を重ねようと心に誓った。
それが前回の帰郷でした。

 

この正月休みにまた二ヶ月と時間を空けずに
帰ったのもそのため。
自分の都合ではなく、できるだけ両親の思いを
優先したかったから。これまでせいぜい1~2年
に一度くらいしかふるさとに帰らなかった分、
これからは機会を見つけて年に2度でも3度でも
帰ろうと思ってます。
なぜなら、それを彼らが一番望んでいるのが
顔を見てとてもよくわかったから。

 

それだけじゃダメだけど、後は自分の問題。
両親が少しでも安心できるよう、課題を着実に
片づけること。
それをしながら、これまで叶えられなかったこと
彼らにきちんと届けていきたいと思っています。

 

いろんなことがそこそこ穏やかに進んでいった
としても、私たち家族に残された時間はもう
あと30年も、ない。あと20年あったら万々歳。
短ければ・・・5年とか10年くらいかもしれない。
だからゆっくりなんてしていられない。
できるだけ早く、一日でも一週間でも一ヶ月でも
早く、一つでも多く、重ねていかなければ。

 

あとになって悔やみたくないからね。
別れが訪れればそれはもちろん悲しいに決まって
いるけれど、その上さらに自分がいくつもいくつも
やり残して後悔したくないから、彼らとの時間を
一日も無駄にしないように。

 

父は私のために麦焼酎を買って用意してくれて
ました。
母の料理は相変わらずとびっきり美味しかった。

 

帰りの電車、見送る母の姿が遠ざかる瞬間は
やっぱり今回も涙があふれそうになった。
私は世界一の両親をもった世界一幸せな娘だと
もう何度目かもわからないけれど、心の中で
かみしめながら・・・

 

特段大事がなければ、夏ごろには両親をどこか
旅行へ連れていこうと思います。
プランはまだまったく未定だけど、どうせなら
二人が喜んでくれるような場所がいい。
記念の親子写真をたくさん撮ってね。
いつか私がもっと広い家に住めるようになったら
いつでもこっちに来てくれていいから、
それまでは絶対に、絶対に、元気でいてほしい。

 

やっとちょっと、今年は二人にちゃんと孝行も
できそうな気がしてるから。
そのためだと思えばたいていのことは頑張れる
んじゃないかなと思う。

 

この願いをしっかり叶えられる一年であります
ように・・・2012年。  


 

帰郷日記

月初、3年ぶりにふる里あやべに帰ってきました。

 

両親はきっと私の帰郷を心待ちにしていたでしょう。

3年もの間、何だかんだ言ってただの数日も帰省する

時間を捻出できなかった自分がとても情けないです。

年末年始もまた帰ろうと思っています。

 

今回の里帰りで感じたこと。

やはり、親ほどありがたく尊いものはない、ということ。

家族として過ごせる時間はもう残り少ないということ。

 

無限にあるくらいに感じてた、家族の時間。

親元を離れてから、帰るたびに両親の住むふる里が

とても大切なものに感じられるようになっていたけれど、

今回はちょっとこれまでとは違う形のない想いが心に

こみ上げてくる気がしました。

 

幸い両親はふたりとも健在で、病気もせず、今のところ

元気で何とか暮らしてくれています。

彼らがそうやって元気な身体で私を見守ってくれている間に

本当にしっかり恩返しをしなければ、、、

ふと冷静な自分に立ち戻る度、胸が苦しくなる思いでした。

 

こんなことをブログで書くのもなんだと思うのだけど、

本人たちを目の前にしては多分言葉に詰まって言えないから

せめて文字にしておこうと思います。

私にとって、紛れもなく彼らは世界一素晴らしい両親で、

そんな二人の間に生まれた私は世界一ラッキーな娘だったと

思ってます。

私がいまだに心配をかけて、ろくな孝行もできてないことが

唯一悔やまれて毎日毎日仕方ないのだけど、今回の里帰りで

色んなことに決意を固めました。

 

二人にはまだまだ長く元気でいてもらって、私が彼らに

もう十分孝行できたなと思えるまで見守っていてほしいけど

人生明日何が起こるかわからない。だから、もうそんなに

長い時間があるなんてあえて思わずにやり遂げなければ・・・

東京へ戻る電車の中、思いながらあやべを後にしました。

 

大事なことは気持ち、と人は言います。

でも私はやっぱり気持ちは形にしなければ絶対に悔いが残る

そう思うのです。

形というのはただモノを贈るとか、そういうことだけじゃなく

ちゃんと自分なりに相手のためにささげた「施し」。

これがなければきっと人は失ったその時にいつか、十分に

相手に施しを与えられなかった自分を悔いるんだと思うのです。

 

私が携わっている仕事を話すと母はとても嬉しそうです。

父はちょっとよそよそしげな態度で聞いているけど、きっと

心の中では誰より喜んでくれていること、知ってます。

いろんなことがまだまだ未完成だけど、ようやく少しだけ

ちゃんと形になったものを彼らに見せてあげらるようになった。

今はまだそれがせめてもの自分の励みだったりする。

 

2012年からはとあるプロジェクトの再開にともなって

iidasatomiとしての活動を復活しようかと思っています。

それがどういう形でなのかは、まだはっきり分からないですが、

是非あやべの両親にも活動を見てもらいたいと思います。

 

今は私にできることをできるかぎりやるだけだけど。

気持ちだけではなくしっかり形にしていくこと、目指して。

 

年末また両親とのんびり過ごせる時間を楽しみに、残りわずか

になった2011年、しっかりがんばろうと思います。

 

 

Home Town

24歳の頃、半年ほどの間だけ地元に戻って

仕事に通いながら実家で過ごした時期が

ありました。

 

その後、横浜にまた戻って今で言うところの

インディーズで音楽活動をして、CD作ったり

いろんなイベントや大先輩たちとご一緒させて

頂くような機会をたくさん頂きました。

 

私が以前居た事務所の先輩には山崎ハコさんや

女優の裕木奈江さんなんかがいらっしゃって、

ハコさんは新人の頃、歌唱指導頂いたりもしたし

前座で歌わせて頂いたこともあったりして、

色々とお世話になった経緯があります。

奈江さんは最近はすっかり海外で活躍されていて

何度もは実際お会いすることはなかったけれど、

きっとご苦労もたくさんおありだったと思うので

活躍されてる様子を垣間見るたびに、実力で今の

環境を獲得されたことを本当にリスペクトするし

凄い方だなぁと今なお思わされます。

 

明日の夜から関西へ赴きます。

予定が多少あって、里帰りは翌日なのですが

インディーで活動していた時に書いて、過去Live

では何度も歌ったことのある「Home Town」という

私の作品があります。

イベントにたくさん参加させてもらっていた時期、

地元からお声がけ頂いたことがあったんですが、

その時の休憩中に駅前近くの喫茶店で見た光景が

何ともいえない普遍的で穏やかな空気に包まれていて

その時の太陽光の色とか温かさとか、いまだにまだ

記憶に残っているくらい、とても印象的で何かを

感じたのを覚えています。

 

当たり前のような自然の流れの中で実は私たちは

莫大な日々の営みを生きていて、何か得たり何かを

失ったり、生まれるずっと前からそこにあった

土や花や草木の命の物語を、ある意味淡々と普通に

この町の風景の中で目にし、耳にしながら過ごして

いるんだと、そんなことを思って書いた曲でした。

 

この曲を一番好きと言ってくれる人たちもいるし、

私も何となく思い入れの強い作品なんだけども、

地元に帰る機会があるたびに、いつもこの歌のこと

あの暑かった夏の日の風景を思い出すんです。

 

最近はすっかり自身の曲を書くことがないですが、

もしかして今回の滞在の間に久々に何か思いたり

するんでしょうか(笑)

実家のピアノももう長らく弾いてないので、たまに

帰ったときくらいは触ってあげないとね。

 

両親の顔を見るのもたぶん2~3年ぶりだし、少しは

ゆっくりできる日程なので、ちょっとリフレッシュ

してきたいと思います。

 

 

 

 

 

心の病について

かれこれ10年程前のことになりますが、

半年ほど都内にあるスクールへ音楽セラピーを

勉強しに通ったことがありました。

いわゆる「音楽療法」と呼ばれるものですが

どういうものなのか、正直よく分からずに

門を叩いた感じだった気がします(笑)

 

きっかけは、自分が10代の頃から摂食障害や

25歳以降から精神疾患で苦しんでいたこと。

厳密にはその時期もまだ克服してなくて、何か

自分なりの確信を探していたのだと思います。

足掻いてたんですね。

 

歌を歌い始めて何と、四半世紀も経ちます。

歌を歌う、ただそれだけのことでこんなにも

複雑な道を歩むことになるとは、幼少の私は

思ってもいなかったでしょう。

そして挑戦と葛藤は今なお、続いている。

最近はほんの少しだけ、探してたその「確信」

めいた何かが自分なりに見えてきた感じ?

それでもまだ先は長いのだと思ってますが、、、

 

知人が最近、「自分は鬱だろうか」と

言いました。私は答えました。

 

「いいえ、鬱じゃないと思う。

鬱なんて本当はないから」

 

CMなんかでも、時々、鬱について診察を勧める

ようなものが何年か前からありますが、

結局のところ、病院で鬱とカテゴライズされる

症状というのは、不規則な生活スタイルが原因で

ある程度長い時間をかけて陥る体調不良だと

私は思っています。

 

そういう私も長く、躁鬱(私の場合は特に躁)で

苦しんだ経験があるので、どんなもんなのかは

よーく理解るのです。

きっかけは恋愛や仕事、金銭関係、色んな事情で

精神的な落ち込みに起因するのだと思いますが、

それによって睡眠が長期間に渡って妨げられたり、

食事が極端に偏ったり不十分になったりする。

その結果、身体が本来の機能を果たせなくなる。

これが一番の原因だろうと考えています。

 

現に私の場合は10代から摂食障害で食べること

全体において問題がありましたし、25歳頃から

環境的なことが原因で極端な睡眠障害が続いて

いました。最終的にはその2つが合併症状を起こし、

特殊な過食症に陥っていくわけなんですが・・・

 

病院で出された薬を飲めば治るのでしょうか?

いいえ、違います。

ドクターは一様に睡眠不足や睡眠障害に対処する

ための導入剤や安定剤を処方するでしょうが、

それは眠れない生活リズムを無理やりテコ入れ

するためのものに過ぎません。

眠れないのも、食べられないのも、原因は必ず

その人の心の中にあるということを最も重要視し

その問題を現実的に解決する道を考えることが

実は一番の薬なのです。

 

原因は1つだけではないかもしれません。

ただ、先天的な症状でない限りは必ずその問題を

解決することで世間的に躁鬱と呼ばれている症状は

克服できると私は思っています。

実際、私がそうなんですから。

 

私には知人がどうして鬱のように感じるのか

何となく原因はわかっています。ただ悩んでいても

解決しない問題なのですが、本人さえ腹を括れば

ある意味解決は簡単なことだとも思うようなことです。

 

結論をズバリ言うと、

それは何かしらの「不安」。

前述のようにその人によって抱える問題は違いますが

大体は恋愛、仕事、金銭(生活)のどれかに当てはまるか

いくつかが併存しているのではないかと思います。

それら潜在意識的な不安が自律神経のバランスに影響を

与えていき、結果として適切な機能を身体がとれなくなる。

難しいようでたったそれだけのことが殆どだと思います。

 

現在私は人よりよく食べますし、眠ります。

忙しい日々ではありますが本当に自分でもあんな時期が

あったのを信じられないくらいです。

もちろんクリニックもお薬も必要ありません。

あの頃抱えていたすべての課題を解決できているわけでも

ないけれど、そこへつながる道筋はできたと思っています。

不安がないと言えば嘘かもしれないけれど、確信があるから

怖くない、だからバランスを保てているのでしょう。

 

女性の場合は月のバイオリズムが影響していることも

多々あります。ちょっとくらい鬱々した気分になったから

といって、安易に「鬱では?」と考えるのは間違いです。

ある意味の洗脳に近い判断だと思います。

まずはしっかり、今自分の抱えている根本的な不安の原因が

何なのか、それを突き止めましょう。

そしてそれを明確にしたら、解決する方法を考えましょう。

それができたらきっと食や睡眠のトラブルはかなり改善される

はずです。そのことによって最終的には鬱々した気持ちも

徐々に消えていくことでしょう。

 

そして、そういうもんだということを認識しておくこと。

これが実は最も重要なポイントなのではないかと思います。

 

ポピュラリティーとアーティストリー

商業としての表現活動の在り方を

この数年はいつも考えている気がします。

半分以上はいわゆる職業病ってやつで

反射的にそういうモードになっていると

言ったほうが正しいのかもしれないけど・・・

でも、軸や核になる「大事なこと」は

絶対に軽視しないし、できない。

 

たとえば子ども向けの制作案件。

これなんかは純粋な彼らの心にしっかり

届けたくて、ついつい凝り固まった大人の

思考回路を一生懸命ほどいて、想像して書く。

 

けっこうね、そういうマインドを全然

感じとれないような作品があったりもするし

たしかに商売としてはいい仕事だろうけど

そういう思考じゃいけないんじゃない?と思う。

ま、あってもいいけど、もっと大事にしなきゃ

いけないことが他にあると思うから。

 

ポピュラリティーに固執するあまりに

マインドがなくなるのは一番空しいことだし、

アーティストリーに固執するあまりに

バランスがなくなるのも残念なこと。

ちょうどいい配合でできるのが理想だなと

いつも言葉をピックアップしたり並べたり

つなげたりしながら、考えてます。

 

さっき、夕飯の食材を近所のマートで買ってる

ときに、有線で「夜空ノムコウ」が流れてました。

もとから名曲と思っているけど、今日のこの寒さや

ここのところ心の中を思い巡る感情が化学反応

起こしたみたいに、メロディー小さな声で口ずさみ

ながらちょっと涙が出そうになった。

これってきっと作家さんが聞いたら、すっごく

嬉しいだろうなと思いますよね(笑)

 

リスナーさんたちが喜んでくれているのを時々、

目にすると私も嬉しくなります。

みなさんの目に直接は触れないけれど、こっそり

楽しませてもらってます。

 

予定はないけれど、今日は夜空ノムコウを聴いて

ちょっと久々に舞台で歌いたくなりました。

来年あたりは少し考えましょうかねぇ・・・

 

里帰り

来月、2~3年ぶりにあやべの実家へ帰る

ことにしています。

よほどの都合がない限りは変更ナシでいく

つもりです。

 

理由にしようと思えばいくらでも理由に

なるのが仕事というもので、

こんなことをしていたらいつまでたっても

里帰りができないと今回はうまく休みを

押さえて調整することにしました。

 

いつもならもっと他に寄り道もするとこ

なんですが、どうしてもと思うもの以外は

今回パス(笑)

とにかく生まれ育った町で、両親との時間

をゆっくり楽しんでこようと思います。

何しろ働き過ぎなんだからね・・・

 

少し英気養えますように。

voiceページ開設

以前、イイダサトミ(カタカナ表記)時代

ずっとホームページを管理してくれていた友人に

その頃はまだBBS(なんと懐かしい)主流だった中、

「このBBSの仕組みを使って私と管理人だけが

更新できるように設定できないか?」と言って

現在でいうところのブログのような通称”らくがき帳”

コンテンツを作ってもらったことがありました。

 

当時は何か更新するにはwebを作成するのに必要な

一定の知識がないとダメで、メールやファイルに何か

アップしたいことがあれば原稿をデータで送って、

サイトを更新してもらうしかありませんでした。

 

今みたいにブログやSNSページの設定気分でサイトを

作って更新して、なんて便利なツールはまだなくって

3~5年くらいしたらそんなのも出てくるのかな~と

10年くらい前思っていた私。

意外とここまで時代が進むのには時間かかりましたね(笑)

今でいうクラウドも10年以上前にこんな仕組みがあれば

いいのに、と何となく感じていました。

 

便利な分、リスクもあるのだけど、今は自分の都合で

ある程度のものを作ったり更新したりできるので

本当に有難いですね。そして、そういうものがなかった

時代に私の活動を支えてくれていた方々には改めて感謝

しなければならないなぁと思うこの頃。

 

「新しい曲は聴けないの?」とか「どこかでまた歌う予定

はないの?」とか、これまた有難いお言葉をあいかわらず

ちょこちょこ賜るのですが、残念ながら現状まだしばらく

そういう機会はなさそうです。

みなさんの目には届かないところで色んな仕事を通じて

iidasatomiの声を伝えてはいるので、いつかそのうちに

何らかの形でそれをお知らせすることができる日が来たら

いいと思っています。

 

あまり表立って更新することがないため動きもないサイト

なので、せめて私が日々の中で感じていることや、制作に

取り組む中で思うこと、昔のらくがき帳のように気まぐれ

に書いていこうかなと思います。

 

気が向いたら、開いて見てみてください。

 

ようやく・・・

オフィシャルホームページを

開設することができました。

 

まだ改築中ですが、より使いやすく

分かりやすいサイトにしていきたいと

思っています。

 

楽しみにしていてくださいね☆

 

 

 

 

iidasatomi